他称十二歳

そうざ

They say She is Twelve Years Old

 どう思う、と編集長が僕に原稿のプリントアウトを手渡した。

 横書きの文章がびっしり並んでいる。今時は一行毎に空行を挟んだり、段落一字下げがなかったり、ウェブ小説は暗黙の了解が浸透しつつあるけれど、横書きである事以外は至って端正な作品だった。

「どんな系統ですか?」

「魔法やら転生やらもない、普通の日常に題を取ったエッセイに近いな」

 冒頭の数行に目を通しただけで、老成にした洒脱な味わいが感じられた。定年後にやりたい事もないので徒に筆を取った、というよりは、長く書き続けて来たような習熟が滲み出ている。

「お幾つの方ですか?」

「十二歳」

 思わず素っ頓狂な声を上げる僕に、編集長は失笑した。

「それでさっきから揉めてるんですか」

 編集部の面々がそれぞれに笑い顔を作る。

「どう考えても詐称だろ。小六の文章じゃない」

「実際は婆さんが書いてるに決まってる」

 確かに主人公は年配の女性で、自伝的な内容が切々と語られる。もし本当に十二歳の子が書いたのだとしたら、題材の選択からして意外だ。

「天才小学生の振りをすれば編集部の目に留まると思ったんでしょう。偶にある姑息なやり口だよ」

「でもさ、色々とリアリティーがなさ過ぎる」

 主人公は親の顔を知らず、奴隷のように売買されていたところを身請けされ、そこで幸せな暮らしを始める。

 一族との睦まじい挿話が淡々と織り込まれる一方で、主の意向で見知らぬ男を充てがわれ、その流れの儘に出産、三つ子の親となり、その子供達は立て続けに他家へ貰われて行く。それでも誰も恨まない主人公の無垢な心根――。

 現代の日本を舞台にしていながらも前時代的な波乱万丈な展開に違和感を拭えない。これは私小説や自伝のていを採った完全なるフィクションだろう。

「そもそも応募先を間違えてるんよ、ファンタジーとも言い難いからね」

「いやぁ、或る意味でファンタジーでしょ。謎過ぎるファンタジー!」

 皆の爆笑をBGMに、僕はあっと言う間に読了した。

「そもそも応募規定に十三歳以上とあるんだから、除外だ」

 編集長の鶴の一声で談笑は終了し、不可思議な原稿だけが僕の許に残された。


 休日、僕は応募者宅を訪ねる事を思い立った。

 原稿に電話番号が添えられていなかったので突然の訪問にはなるが、自宅からそう遠くない場所だった事が気安さに繋がった。

 そこにあったのは何の変哲もない戸建て住宅で、出迎えてくれた家人は僕とそう変わらない年頃の青年だった。

 出版社の名刺を提示すると、青年は怪訝な顔をした。

「ここは祖父の家で、今日は遺品の整理で来てるんです」

 一人暮らしの祖父あるじが亡くなったので、この家を売却する事になったと言う。

「お祖母様は何方どちらに?」

「祖母は僕が生まれる前に他界してます、父方も母方も」

「では……お孫さんの中に女の子はいらっしゃいますか?」

「孫は僕と同世代の男ばかりですが」

 どうも辻褄が合わない。プロフィールは何から何まで出鱈目だったのか。

 僕は応募作品について掻い摘んで説明をした。

「確かに祖父は若い頃から趣味で文章を書いてたみたいですけど、賞とかには関心がなかったような……」

 突然、足元に気配を感じた。はっとして退くと、大型犬が舌を垂らして僕を見上げている。

「済みません。ほら、リンネ、こっちおいで」

 その名に聞き覚えがあった。応募原稿に記されていた名だ。僕に興味でもあるのか、頻りに視線を合わせようとする。

「リンネ、もうパパの家ともお別れだ、今日で見納めだぞ」

「お祖父様が飼われてたんですか?」

「はい、もう十二歳のお婆ちゃん犬ですけど、中々賢いんですよ」

 人の言葉を正確に理解する犬として近隣でも有名で、パソコンで執筆をする飼い主を繁々と観察するのが好きだったと言う。投稿者はそんな才能にあやかって愛犬の名をペンネームにしたのか。

 だけど――。

「あのぅ、お祖父様がお亡くなりになったのは……」

「二ヶ月前です」

 原稿が送信されて来たのは今月に入ってからだ。計算が合わない。

「これからは俺がパパの代わりだからな」

 リンネがワンと一鳴きした。

 新しい飼い主と戯れる老犬を眺めながら、僕は思った。編集部の面々をどう納得させるかは来年の小説賞までに考えるとして、その時まで天才であり続けて欲しいものだ。応募年齢下限の十三歳までもう一年を切っているのだから――。

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