第3話 *紫紺の洞窟 序 3*


 アリスはメイスをマーチに向かって突き出し、格納させると踵をかえした。


 そこへ女アバターが縋り付いてくる。思わず蹴り上げそうになったアリスは「あぶないじゃない!」と声を荒げる。


「ま、待ってください」


「なんなの!」


「あの! いろいろ教えてくれませんか! お願いします!」


「はぁ!? なんであなたに僕が教えなくちゃならないの!」


「もう、本当に訳がわからないんです! マナーとか配信の仕方とか! お金とか! ダンジョンも意味がわからないし……。お願いします!」


 女アバターは必死の力でアリスの足にしがみついてきた。


「ちょっとやめてよ! あみタイツ伸びちゃうでしょ! 高いんだからこれ!」


「お願いします!」


「あー、もう! わかったから! 教えるから! 引っ張らないで!」


 必死にしがみつく女アバターに、必死に逃れようとするアリス。女アバターは無我夢中なのだろうか、アリスのバニーガール衣装を引っ張るのでたまらない。


 配信はすでに終了しているが、ここでそれこそ『ぽろり』をしてしまってセンシティブ判定を喰らってしまっては眼も当てられない。


 アリスは首が落ちるのは構わないが、エロで稼ぐつもりは毛頭ない。


 ましてや、センシティブ判定をされてそれが万が一「垢BAN」の対象になっては死んでも死にきれないからだ。


「お、お願いします〜!!」


「わかったてば! もう!」


 そんなやりとりをしていると洞窟の奥から軽い足音が複数聞こえてくる。


「ほら、またスケルトンが来ちゃうじゃない!」


「あ、え、はい」


「配信していないところでモンスター倒しても儲けにならないから移動するよ」


「わ、わかりました」


「テレポ石くらい持ってるでしょ? さっさと街に帰るから」


 アリスがマーチからテレポ石を取り出していると女アバターは「えっ」という表情をしている。


「どうしたの? はやくして」


「あの……。テレポ石ってなんですか?」


 もじもじと恥ずかしそうにいう女アバターにアリスは呆れてため息をついた。


「本当に初心者なのね。よくLv3まで来れたじゃない。まぁ、いいわ。貸してあげる。貸すだけだからね!」


 アリスは念をおすと、マーチから予備のテレポ石(正式名称は転送石という)をとりだし女アバターに投げて渡した。


「あ、ありがとうございます」


「街へ移動って言って、足元に叩きつけて。そうすれば街のゲート前に出られるから。そこで待ってなさいよ」


「はい!」


 女アバターは言われた通りにテレポ石をしようする。一瞬で姿が掻き消えたのをアリスはため息をついた。


「変な縁ができちゃったじゃないの」


 人が生きている限り、縁が発生するものだ。


 この世界では、お金や物の貸し借りをするということはとても大きな縁なのだ。


 しがらみとも言える。


「まぁ。しょうがないか」


 と言ってアリスも足元にテレポ石を叩きつけた。







「あ、あのあずみっていいます。よろしくお願いします」


「僕はアリスだよ。よろしくね」


 アリスがゲート前に転送されると、女アバターは心細そうにゲートの渦の中にいた。


 ゲートといっても門があるわけではない。


 金属のような物質が円形に大きな縁取りをつくて、その中で光が渦を巻いている。この渦の中に入るとダンジョンに移動することができるのだ。


「ここにいると邪魔になるから、移動しよっか」


「はい」


 アリスはあずみに声をかけて、ゲートから出る。


 ゲート前には様々な人々がいて、屋台やお店が軒を連ねている。


 これから、ゲートに入るもの。ダンジョンから帰ってきたもの。そして、それらを相手に商売をするもの。そのほとんどが配信者だった。


「ここがゲート前広場。それは知っているよね?」


「はい。一応……」


 アリスは、あずみの知識量を確認するために質問をした。


「一応、言っておくけどここから各ダンジョンに行けるから。行くためには……」


「通行料が必要なんですよね?」


「そうそう」


 アリスは笑顔で頷く。そして、お腹をさすった。


 小腹がすいたなぁ。二時間も配信したし、ちょっとなにかつまみたい。


「あー、屋台でも寄ってく?」


 あずみに声をかければ、あずみは顔をくしゃっとさせて悩み出した。


「お腹空いてないなら僕だけ食べるけど」


「あの、その。あんまり、お金がなくて」


「ああ、そういうね」


 あずみの返答に、アリスはちょっとだけ考え込む。


 これはあれだ、新人にはつきものの金欠だ。この時は特にいろいろ買い揃えたり、通行料を払うのにお金がかかる。それらを賄えるだけのダンジョンでのアイテム収入も配信収入もない。


 ベテランでも金欠なのは同じだ。でもベテランなら、必要があれば借金をする。しかし、新人では借金に踏み込むだけの勇気がないだろう。


「じゃ、奢ってあげる。今回だけね」


「いいんですか?」


「特別だよ」


 アリスは屋台の一つに近づいた。串焼きの屋台で、香ばしいタレの香りが漂っている。





***   ***




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