A² ―天使たちと戦いの円舞曲―
蒼色ノ狐
第1話 落ちこぼれの天使候補生たち
「スゥ―、ハァ―。」
提督室と書かれた部屋の前で一人の軍服を着こんだ青年が深呼吸をする。
この一室に入るのは初めてでは無いが、毎回入る時は緊張する。
やがて気持ちが整ったのかコンコンとノックをする。
「入りたまえ。」
許可が下りたため一歩部屋に足を踏み入れるとそこには老年でありながら気迫のある人物、この部屋の主である提督が座っていた。
青年は臆する事無くキビキビとした動作で敬礼をしてみせる。
「失礼します!お呼びにより参りました、戦略機動作戦立案部隊『オモイカネ』所属、コウ・ロックハート中尉であります!」
「ふむ。まあ座りなさい。今お茶を出す。」
「いえ、お茶でしたら自分が…。」
「老人の僅かな趣味を奪わないでくれ…コウ。」
提督が彼の名前をフランクに呼ぶと、コウの方も肩の力を抜く。
「家族として会いたいなら緊急回線なんて使わないでくれよ、緊張する。」
「ハハハ。まあ呼んだ用事は至って真面目な要件じゃがな。」
そう言っている間にも提督は緑茶を二杯用意すると一つをコウに渡した。
「じゃあお先に…あ、これおいしい。もしかして本物?」
「よく分かったな。本場であるJAエリアの本物だ、香りが違う。」
提督は歩きながら窓の外の世界を見る。
そこはかつてアメリカと呼ばれた国の中枢を担う場所であった。
人類が一つになり統一連合を発足した後も、その輝きは失われる事は無かった。
奴らが侵攻してくるまでは。
かつて反映したこの土地も廃墟とかし、生きている人間はここを本拠地とする軍人のみである。
「もうすぐ五年になるか…奴らがこの世に現れてから。」
「世間ではすっかりあの呼称が定着してしまいましたがね。」
「…『天使』。」
その苦々しい顔のシワからは奴らから奪われたモノを数えるように年々と増えていくと提督は内心思っていた。
「○○××年に突如現れた巨大な機械の侵略者。どの機体にも必ず輪があるためついた名は『天使』。奴らには通常兵器は殆ど意味を持たなかった。儂の親友も多くがいなくなった。」
「けれど決してその死は無駄死になんかじゃなかった。…だろ?」
「当然じゃな。奴らだけでは無い、死んだ全ての人間に報いれるよう努力した。そして我々はついに対抗する手段を掴んだ。」
「『アーマードエンジェル』、通称A²。人型戦術機動兵器であるA²の登場によりようやく人類は『天使』と対等に戦う術を得た。」
「それもこれも、昼夜問わず『天使』の研究をし続けた技術者。そしてその研究する『天使』の一部を持ち帰った兵士たちの成果だ。」
心の底から誇りに思っているのだろう。
その顔は先ほどとは違いどこか嬉しそうだ。
そのタイミングでコウは切り込む事にする。
「で?提督?いや、俺の後見人であるバーナード・ハチェットさん?俺に何を頼みたいんですか?」
「…分かるか?」
「基地内でも有名ですよ、提督がお茶を出す時は頼みにくい事を命令する時だと。」
「う、ウム。気を付けよう。」
バーナードは自身の椅子に座ると自らの机の中を探っている。
「聞くまでもないが、A²がどうやって動くか説明してみてくれ。」
「…人体に流れているエネルギー、エリアによって気とかチャクラとか呼ばれるけど軍ではマナという呼称で呼ばれているものによって動く。いまさら軍学校のテストか?」
「ならそのマナが一番充実しているとされている年齢は?」
再び学校レベルの問いをされるコウはウンザリ気味であったがハッキリと答え始める。
「最もマナが高まるとされるのは主に二十歳前後、三十歳頃から下がり始めて四十歳頃にはA²からは引退レベルとなる。」
「そう。つまりは如何に若い世代を成長させるか?それが大きな問題となる。…年寄りからすれば歯がゆいがな。」
「…それで?」
「単刀直入に言おう。コウ・ロックハート中尉、JAエリアに赴き教官を務めよ。」
「詳細をお聞かせ下さいますか、提督殿?」
お互いに真剣な様子になり話は次々に進む。
「中尉が担当するのは各エリアの若きエース候補クラスの実力者が集まった特別な五人。指導のしかたは中尉に一任だそうだ。」
「…それだけの実力がある者なら正式な指導員がするべきでは?それもそこまでの人材を一か所に集めるなどと。」
「ハッキリ言ってしまえばこの五人はエース候補であると共に落ちこぼれでもあるのだ。」
「…落ちこぼれ?」
「問題児、と言ってもいいかもしれんがな。とにかく各エリアで問題行動を起こして面倒を見切れなくなったので軍にお鉢が回ってきたらしい。」
「ならばなおの事、自分に任務が回ってくるのが分からないのですが?」
コウはジト目で提督であるバーナードを見る。
全て分かっている。と言わんばかりの目にバーナードは両手を挙げる。
「そうじゃ。儂がお前を推薦した。」
「…後方の作戦立案部隊の俺にA²の指導官をやれと?」
そう非難するコウであったがバーナードは笑って返す。
「笑わせるでない。少し前までA²を乗りこなしてたでは無いか。」
「それが何故『オモイカネ』に配置になったか、知らない訳では無いでしょう?」
「じゃが完全に諦めた訳ではなかろう?でなければアレをわざわざ裏ルートから仕入れる訳がない。」
「…知ってて黙ってたんですか?」
「提督を舐めるでない。…まあ一応合法は合法じゃからな。」
「…すみません。」
バーナードを提督としてではなく、自身の後見人として謝るコウにバーナードは優しく微笑む。
「子どものバカを見守るのも務めじゃからな。」
「…。」
「さて、話は戻すがそんなA²も『天使』の恐ろしさも知っているお前に任せたいんじゃ。未来のエースたちの指導をな。」
「…それが未来のためになるのなら。」
「ん。これが若きエース候補たちの資料じゃ。詳細なデータはまた後日送る。」
コウは渡された資料を読んでいく。
やがて資料を仕舞うと目じりを抑えつつ一言。
「やってくれましたね、提督。」
「何がじゃ?」
「全員が二十歳以下の女性なんて聞いてませんよ俺は。」
「男性よりも女性の方がマナの総量が多い…基本じゃろ?」
「…ったく!」
そう悪態をつくコウの姿を笑いつつバーナードは同じ内容の資料を見る。
「むしろ感謝して欲しいくらいじゃが、なんなら嫁にしても良いぞ。お前も二十五歳な事じゃし。」
「髭むしりますよ?」
ドスの聞いた声で提督であるバーナードを脅すコウ。
長く伸びた髭はバーナードのトレードマークであった。
その声と内容にビビったのかバーナードは咳払いしながら話をまとめる。
「ゴホン!せ、正式な通達は追って伝える。今はとにかく情報をまとめておくといい。」
「は!コウ・ロックハート中尉、受領いたしました!」
「頼んだぞ。この。」
バーナードはデータで展開された五人の少女たちを見ながら言うのであった。
「この落ちこぼれの天使候補生たちを、な。」
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