第2話 無間
硬骨漢
無間
苦しみに耐えることは、死ぬよりも勇気がいる。 ナポレオン・ボナパルト
第二飛沫【無間】
まだフラフラするが、海浪は少し動けるようになったため、出歩いていた。
龍海にはまだ無理しない方が良いと言われたが、大人しく寝ている方がおかしくなりそうだと伝え、許可を得た。
そもそも許可が必要なのかは知らないが。
森を抜けた先には、1つの洞窟。
まだ全てを受け入れられたわけではないが、こうしてここへ来ることで、自分を納得させられるのではないかと思った。
ふと、そこには墓がたてられていた。
とは言え、大層な墓ではなく、ちんまりとした土の山になったようなものだが。
きっと海浪を運んでくれた、あの黒夜叉とかいう男がしてくれたのだろうと、海浪はそこで両膝を曲げて身を屈める。
手を合わせていると、まだ大声で名前を呼ばれているような感覚になってしまう。
耳たぶを摩っていた海浪は、ふと、左側につけていたピアスを外し、そのもっこりとしている土の中にぐいぐい埋めた。
もう片方のピアスも外すと、よく修行で水運びをさせられていた川に放り投げた。
「・・・あばよ、クソジジイ」
もう二度と、此処へは来ないかもしれない。
そんなことを思いながら歩いていると、ついこの間自分を襲ってきた男たちがいて、囲まれていた。
確か『扇』とか言っただろうか。
手負いのこの状態では、多分やばい。
そう思っていると、『扇』の男たちの後ろから白い髪の男が現れた。
「あなたが海浪で間違いないですね」
「・・・誰だてめぇ」
「私は无音と申します。突然で申し訳ありませんが、あなたを抹殺させていただきます」
「突然って、この前も突然だったじゃねえか」
―こいつが无音か。
そんなことを思っていると、『扇』は海浪に攻撃をしてきた。
これまでに受けたどんな攻撃よりも重たくて、速く、そして何よりも感情のないもの。
避けるだけで手いっぱいの海浪は、次第に腕も足も怪我を負い、抵抗しようと腕を動かしたそのとき、腕が動かないことに気付いた。
「あまり動かない方がよろしいかと。何しろこの辺りには、強くも細い糸が張り巡らされておりますので」
ぐぐ、と少し力を入れてみると、それだけで腕からは血が垂れて来た。
勢いよく引っ張ったところで切れないだろう糸は、きっと海浪の腕など簡単に切断できるだろう。
「では、このまま死んでいただきます」
「俺がこのまま大人しく殺されると思うのか?」
「言ったでしょう。抵抗しようものなら、腕がちぎれてしまいますよ」
「ハッ。上等だコラ。お前知ってるか?腕の1本無くなったくらいじゃ、人間は死なねェンだよ!!!」
「・・・!?」
そう叫ぶと、海浪の腕はぶちぶちと音を鳴らしながら切れて行く。
しかし、ちぎれる前に、その糸は緩んだ。
いきなり緩んだため、海浪はそのまま前のめりになって倒れてしまいそうになるが、なんとか踏みとどまった。
張り巡らせた糸が緩んだことに気付いた无音や『扇』たちを他所に、海浪の前に男が現れた。
その見覚えのある顔に、海浪は少しだけホッとする。
「止めておけ。確かに、腕1本無くても死にはしないかもしれないが、不便だからな。お勧めはしない」
「貴様!誰だ!」
「それにしても、お前は無茶をする奴だったのか。それとも、森蘭の死で理性が吹っ飛んだのか」
「うるせぇよ。死に損なって今ここに居るだけだ」
「無視するな!!!」
急に現れた男に名を聞くも、相手にされないことに腹を立てた无音は、その男もろとも海浪を殺すよう指示を出す。
その場にいる『扇』は300人前後。
ヒステリックになった无音の力もどれほどのものかは知らないが、とにかく回避することが優先だ。
「おい、これさすがにやばいぞ」
「分かってるよ!クソが!!」
「・・・口悪いな」
まるで野性児のような動きをする海浪に、男はため息を吐く。
『扇』としばらく戦って、というよりも防戦一方なのだが、とにかく分が悪すぎると、男は海浪を囮にする。
「おいてめぇ!!」
「落ち着け」
一斉に海浪に襲いかかってきた『扇』だったが、その動きはまるで静止画のように「こっちだ」という声で突然動かなくなった。
その視線が集まった先には、男に捕まって首元にクナイを突きつけられている无音がいた。
動いたら殺すという言葉が嘘ではないということを示す為に、男は无音に突きつけていたクナイに力を込め、血を流して見せる。
『扇』の動きが止まっているうちに、海浪は男の方へと移動する。
そしてそのまま立ち去ろうとしたのだが。それをさせなかったのは无音だ。
「何をしているお前達!!!任務を全うせよ!!!」
「「!?」」
无音は、自分で舌を噛んで自害した。
「ちっ」
无音の言葉で、一旦は動きを止めていた『扇』は再び一斉に襲いかかってきたため、男は无音の身体を出来るだけ強く投げつけた。
「おい!鼻塞げ!」
隣から海浪がそう叫ぶ声が聞こえてきて、男は自分の裾で口と鼻を覆うと、次の瞬間、何が入っているのかは知らないが、とてつもない煙と砂埃、そして臭いのあるものがまかれた。
一種の煙玉のようだが、とにかく、『扇』の目から隠れることが出来たため、一気に洞窟の中へと走って行く。
ほんのコンマ数秒で『扇』も同じように2人の後を追って洞窟に入って見るが、すでに、何処にも2人の男はいなかった。
洞窟の外を探しまわって見てもいなかったため、辺りをしばらく探してみたが、それでも見つからなかった。
「まさか洞窟の中に隠し通路があったとはな。とにかく、お前その怪我じゃ無理だ。龍海のとこに向かおう」
「お前、黒夜叉だっけか?墓ありがとな。てか腕痛ェ」
「当然だ。てめぇでてめぇの腕切断しようとしたんだからな。龍海もよく外出させたもんだな」
「あいつはなんであんな母親みてぇな性格してんだ」
「さあな。別に小さい頃から知ってるわけじゃないから知らんが、今の城に仕えるようになってから酷くなって気がする」
「ああ、あの城主のせいか。確かに、あいつ相手なら俺もなりそう」
隠し通路は、主に地下に作られている。
とはいえ、あまり浅いとバレてしまうため、結構深く掘ってあるようだ。
なぜこんな隠し通路を知っているのかと聞けば、修行中に掘らされたものだという。
1人で掘ったわけではなくて、まあ、ほぼ1人なのだが、もう1人森蘭には弟子がいたため、途中まではその男と2人で掘ったらしい。
だが、力関係の事に関しては海浪の方が上だったため、なぜか1人でせっせと掘る羽目になってしまったようだ。
哀れというかなんとかいうか。
「そもそも、何の為に掘ったんだ、こんなもの」
「俺が知るか。修行の一貫だ、としか言われなかったしな。今思えば、トロッコでも走らせようとしてたんじゃねぇかって・・・」
「それは無いだろ」
結局、何のためにこの通路を掘ったのかは謎のままだったが、『扇』にこの通路が見つかり、追われることはなかった。
なんやかんやで龍海のところに無事に帰ると、龍海はまた怪我をして帰ってきた海浪を見て、気のせいかもしれないが、恐ろしいオーラを放ってきた。
笑ってはいるが、鬼のようだ。
そんな龍海を見た瑠堂が、こんな怖い笑顔をする龍海は久しぶりに見たと言っていた。
黒夜叉の怪我はあまり見られないが、海浪の方はまたしても酷い。
というより、多分黒夜叉が海浪の腕に巻いたのであろう黒い布が、すでに血に染まっている状態だ。
よくここまで血が流れてるのに倒れもせずに歩いて来られたものだ。
「なるほどね。墓参りに行ったらまた奴さんに狙われて、自分で自分の腕を切って戦おうとしたってわけか。切り口から壊死して死ぬかもしれないとかは考えないんだね。失血死とか。ショック死とか」
「別にいいだろ。俺の身体だ。そもそも、こいつだって腕1本無くなっても死なねえってことに同意してたぞ」
そう言って、海浪は親指で黒夜叉を指す。
龍海はギン!と強い目力で黒夜叉を見るが、すでに壁に凭れて目を瞑っていた。
「けど、これで海浪が狙われてるってことは確実なわけだ。森蘭の弟子だからかな?」
「あのクソジジイのせいで狙われてんのか俺ぁ」
「何にせよ、まずは仕事してくださいね、瑠堂様。こんなところで話を聞いてる暇あるんですか」
「だって大事な話だろ?こいつがその玉緒って奴が作った『扇』に狙われてるなんて、助けてやるしかないだろ!全面戦争だ!」
「そう軽々と戦争という言葉を口にしてはいけません」
主は瑠堂のはずなのに、瑠堂は龍海に説教されてシュン、となっていた。
龍海はボロボロになっている海浪の腕を出来る限り治療しながらも、以前あれだけの重症を負い、さらには今回も痛々しいほどの傷を負いながらも生還した海浪に感心していた。
死ぬかもしれない瀕死の男を背負ってきた黒夜叉を見たときには当然驚いたが、この男の生命力の強さは計り知れない。
止血剤を塗り、上から包帯をぐるぐると巻き付け終えると、海浪は腕が動かせるかの確認をしていた。
それを見て、まだ何かする気だと気付き声をかけようとすると、それよりも先に海浪が立ち上がってしまった。
「また死にに行く気か」
「・・・お前らにゃ関係ねぇ」
救急箱を片づけながら、龍海はため息を吐く。
「二度、命を助けられておきながら、まだ死にたがるなんてな。いっそ、ここで止めさしてあげようか?」
「そんな物騒な話聞いて、放っておけるわけないだろ!!な!龍海!」
「・・・瑠堂様、まだいたんですか」
「酷ェ!まあ、俺達はそりゃ関係ねぇかもしれねぇけど、出会っちまったのも何かの縁だ。だろ?助けるのは当たり前だ。今お前が死んだら気分悪いし。お前のことよくは知らねえけど、帰りを待ってる奴の1人くらいいるんだろ?」
ぴく、と海浪の身体が反応した。
指は襖に置かれたままだが、その場に留まったまま動かなかった。
ほんの数秒だけ間を置くと、海浪は言う。
「あいつらには、この世界で生きて行く術を叩きこんである。とにかく、クソジジイの仇だけはとらなきゃならねぇ・・・!」
そう言うと、海浪は出て行ってしまった。
それを追う事も出来ずに、龍海は眉をハの字にしてため息を吐いた。
「龍海」
ふと、瑠堂が名前を呼んだ。
「わかっております」
「お前もだぞ、黒夜叉」
瞑っていた目をすう、と開けると、黒夜叉は首を左右に曲げた。
まだ細めたままの目で瑠堂を見ると、こう続ける。
「俺はお前の犬じゃないぞ」
「分かってるよ。俺に2匹も狂犬は扱えないって」
「瑠堂様、もしかして1匹はこの龍海のことを指しておられるのですか。どういうことでしょう。今日まで瑠堂様のためにと働いて参りましたのに、そのような言い方は非常に不愉快と申しますか」
「ああ、ごめんごめん」
またしても龍海の説教が始まってしまいそうだったため、瑠堂は非常に薄っぺらい謝罪をした。
まだしかめっ面の龍海を他所に、瑠堂は黒夜叉に近づく。
黒夜叉の前に立ったかと思うと、両膝を曲げて耳打ちするようにコソッと話した。
「俺知ってんだ。お前の本当の名前。あ、龍海から聞いたわけじゃねえよ?あいつ口堅ェから」
「・・・・・・」
「お前にしても龍海にしても、まだその死亡を怪しんでる奴らがいる。となれば、正体がバレるのも時間の問題だ。なぜか。強ぇ奴を漁っていけば行きあたるからだ」
「それは脅しか」
「まさか!脅しで動くような奴じゃねえだろ。龍海のためにも、協力してほしいんだわ。お前だって、まだ何かしてぇからそうやって放浪ってことで生き延びてんだろ?」
「・・・・・・」
黙ってしまった黒夜叉を見て、瑠堂はケラケラと笑いながら立ち上がる。
龍海は何事かと怪訝そうな顔をするが、瑠堂はそんなことお構いなしに黒夜叉に言う。
「じゃ、よろしく頼むよ、黒夜叉くん」
そのまま部屋を出て行った瑠堂を眺めていた龍海は、“くん”付けで呼ばれた男の方を見る。
「瑠堂様、なんて?」
「・・・お前の世話をしろだと」
「俺がお前の世話じゃなくてか」
黒夜叉は面倒臭そうに立ち上がると、瑠堂が出て行った方向とは別の方へと出て行く。
残されてしまった龍海は、ただ黒夜叉と瑠堂がそれぞれ出て行った方を交互に見て、それから首を傾げた。
「何?无音がやられた?どういうことだ?海浪を殺しに行ったはずだな?」
『扇』が戻ってきて、海浪を殺したと言う報告があがるかと思いきや、聞かされた内容は全く違うものだった。
これまで、右腕として働いてきた男で、汚れ仕事も引き受けていた无音が、舌を噛んで自ら命を絶ったという。
どういうことかと経緯を説明させれば、相手の人質をならぬようするためだったらしい。
无音とて、暗殺を生業としてきた男だ。
『扇』が海浪たちを囲んでいたからと言って、そんな簡単に捕まって人質になるなんて有り得ない。
「もう1人の男、名乗らなかったのか」
「はい」
「・・・・・・」
すでに无音の遺体はラボに運ばれたとのことで、玉緒はその男の身元と、海浪の所在を確認しろと伝える。
折角、森蘭がいたあの場所に来ると見込んで待ち伏せしていたというのに、失敗した。
となれば、再び1人であの場所に来ることはまず有り得ないだろう。
「コレだから、住所不定を抹殺するのは確実にしろと言っているのに」
海浪が住んでいると言われていた小屋にも言ってみたが、すでにもぬけの殻だった。
多少の生活したような痕跡は見られたものの、ここ数日間は誰もいないような状況であることは分かった。
放浪癖があることも分かっていたため、小屋を拠点としているうちに全て終わらせようとしていたのだが、そうは上手くいかなかったようだ。
海浪のところには同居人がいたはずだが、その同居人たちのことも分からない。
玉緒はイライラしているようで、親指の爪をガリガリ噛みながら何か良い案は無いかと考えていた。
「いや・・・」
ふと、玉緒は思った。
海浪を探せと言ったが、探す必要などない。
玉緒は理斗と李詞、そして『扇』たちを呼びよせて伝えた。
「探さなくて良いってのはどういうことです?」
「さっさと殺そうよ」
「探さなくて良いんだ。なぜなら、彼はきっと私のもとに来るからね」
「?どういうことです?もしかして、お友達とか?」
「そうじゃないよ。奴は今、復讐しようとしてるんだ。こちらが奴を見つけるより、見つけてもらった方が早いということだよ」
「なるほどー。じゃあ、殴り込みに来たところを、僕がボコボコにするってことだ」
何処にいるか分からない海浪を探すのではなく、何処に居るか分かっている自分たちを探してもらう事にする。
それに、こちらに来てもらう事で、大勢いる『扇』を待機させることも簡単だということらしい。
玉緒の作戦を聞いた後、理斗は遊んでくると言って出て行ってしまったが、残された『扇』たちには李詞から指示が出された。
「しかし、ここに来れば圧倒的に不利な状況。殺されることを前提に奴は来ると?」
「ああ。森蘭って男がそういう奴だったと聞く。戦場に取り残された子供1人救うために、敵陣に1人で乗りこむ。そういう馬鹿なんだよ」
李詞が『扇』たちと共に、海浪が来た時の準備を始めたのが、夜だった。
「ただの派生と思っていたが、とんだ因縁があったものだな」
玉緒の手には、2枚の誰かの写真がくっついた物があった。
それを眺めながら、人差し指と親指で唇をふにふにとつまんでいる。
「愚かな親をもつと、こうも哀れな人生を歩めるものか」
『扇』たちに痛めつけるだめ痛めつけさせて、自分で止めを刺す。
そのイメージをひたすら繰り返していると、急に李詞が入ってきた。
「なんだ」
「すみません、理斗は帰ってきましたか」
「まだ帰ってきてないのか」
「あいつ、遊びに行くと夢中になるから。もうちょっと探してみます」
それからすぐ、理斗が甚平を汚して帰ってきたと連絡があった。
ニコニコしている割には気性が荒い為、理斗は『扇』のような機械的な支持には従えないところがある。
しかし、実力は本物だ。だからこそ、こうして玉緒のもとに置いているのだ。
それにしても、もしも権力を持っている玉緒の部下が一般人に手を出した、最悪殺したとなれば当然、若干今の地位が危ぶまれるため、注意はしておいた。
若干というのは、それだけ玉緒の権力というのは絶対的なものであって、トカゲの尻尾切りも可能ということだ。
「早く来い。愚かな男のもとで育った、同じく愚かな男よ」
防犯センサーなどの機械も当然のことながら備わっているが、それだけではない。
何よりの防犯設備は、『扇』という人間であって人間にあらず、武器以上の殺傷能力を持っている集団だ。
それ故、機械よりも危険である。
『扇』の多くはまだ幼い子供たちであるが、何処から連れて来たのかは不明。
ただ、子供達が最初に教わることは、字の読み書きでも遊び心でもなく、『人を殺す』という英才教育。
国を救うと言われている彼らは、『神の子』として称されるようになった。
それが良いことなのかどうかは、彼ら自身には分からない。
その頃海浪は、玉緒がいる本部の近くに身を潜めていた。
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