第45話 ゲームと現実のバランスとるの難しい。

そーっとドアを開ける。彼女はうつむいていた。表情が暗いことからいい話ではないのだろう。


「どうぞどうぞ」

「…すみません、お休みのところ」

「いいのよ。私も誰かと話したかったし」

「ありがとう、ございます」



彼女は部屋に入ってきたとたん、目にためていた涙がこぼれた。

「ええぇ!?どうしたの」

「陛下あ、助けてください」

飛びつく勢いで私のところへきた彼女。アリナを抱きしめるように受け止めるとひくひくと本気で泣いている。彼女の背を撫でて落ち着かせようとした。


ひとまず彼女を椅子にかけさせて、売店で買ったお茶菓子をだす。続いてハンカチを渡し、涙をぬぐってもらった。

「うっすみませ…」

「気持ちは落ち着いた?」

「…はぃ」

「それで、いったいどうしたの?」


お菓子を口に含ませて深呼吸を促して、落ち着いたと判断したので、彼女がここへ来た目的へとうつった。

「わ、私…ディン様が、少し怖いんです」

「…怖い?」

彼女から発せられたのは意外にも彼女の想い人のことだった。しかし理由を聞くと納得してしまった。

「陛下、ディン様ってああいうキャラなんですか?なんだか、友達から聞いていたイメージ、と違うことが多く、て。きょ距離の詰め方も、急すぎて…」

「…ああ」


ゲームのディンは男女みんなに優しい。女性にも優しいので勘違いさせてしまうことの多いキャラ。

乙女ゲームによくある女性に優しいフェミニストタイプなはずなのだが…


確かに彼女に対しての執着は異常といえるほどだ。ゲームのアリナルートでもここまでけん制することはない。過去に何かあったとはうっすら聞いたが、それはゲームにはなかった出来事だった(あるいは彼の記憶に残らないほど些細なものだったのかもしれない)。


「ゲームではそんなことは…なかったわ」


私は誰にも言ったことのないある考えを彼女に伝える。

「でもゲームにとって私たち、前世の記憶をもっている存在は異質、だと思うの。それがあるからゲームと違うところが出てきているんじゃないかと、最近思っていたところで…」


「そう、なんですね…」

アリナは落ち込んだ。私の話は聞いていたが、自分の話で頭がいっぱいなようだ。

話を聞いたところで解決策を考えるのは難しいのだが。それでもある程度ゲームという指標があるとないとでは違う。何か変えられるきっかけを探して…

ふと、私は彼女に聞き忘れたことがあった。


「ねえ、アリナ。怖いってディンに伝えた?」

「…」

ふるふると、彼女は首を横に振る。ここ最近彼女が彼を避けていたのは、こういう背景があったからかもしれない。

「アリナはディンのこと嫌い?嫌になっちゃったのかしら?」

「ちがい、ます」

彼女は震える声でしかしはっきりと言った。


「じゃあ、ディンに伝えましょう。大丈夫、私たちが近くにいる場所でお話すれば何かあった時には向かえるから」

「……」

「今のままではディンにも良くないと思うの。あなたにも。今は彼のことを好きかもしれないけれど、いずれそういう関係は綻んでしまうわ」


なんて、前世ではそんな関係になったこともないんだけどね。でもすれ違いはひずみを生んでいくだろう。

再び泣き出した彼女をなぐさめ、私は二つ目のお菓子を彼女へ与えた。

落ち着いた彼女はお茶を飲みながら、こう問いかけてきた。


「今回のも、ゲームなんですよね?」

「そうよ。まあゲームでなくとも解決しなくてはならないことだけど」

「皆さんとのイベントも、あるんですか…?」

「ええ。知りたい?」

「いえ。大丈夫です」

彼女ははっきりと言った。知っているとわざとらしさが出たり、その時も彼のことを怖いと思っていたら本来思い出となるものも作れなくなるかもしれない。


「そうね、知らなくてもいいことがあるわ」

(私もいっそ、知らなかったら…)

起きたことをそのまま現実として受け入れられるだろう。ゲームと違うとは思わないのだろう。今はそれがとても恐ろしく感じてしまう。


もしも、それが彼とのことだったら…






「陛下?」

「あ、ごめんなさい」

「陛下、私は陛下が記憶を持っていてくれて助かっています」

「…ありがとう」

先ほどまで不安な表情をしていた彼女に励まされている。それが少しおかしくて笑ってしまった。

笑えているうちは大丈夫だろう。私は自分に言い聞かせて、彼女を見送った。

(一緒に寝ようかとも思ったけど、ひとりになって考えたいことがあるらしい)


(ゲームのことは忘れて!リュカともっと仲良くなれたらいいな…)


ベッドでまどろんでいる間、そんなことを考えていた。リュカは今日どう思ったかな。私のこと嫌だと思ったかな。

考え始めると止まらなくなってしまった。

(どうしよう、明日起きられるよね…)

彼への不安と眠れないことが余計私の目を冴えさせて。


その日は一日中、ベッドでゴロゴロしていることになる。





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