第39話 最期はだいたいあっけないもので。



私は今日、このやたらと背の高い教会へ呼ばれた。

この世界で教会を見るのは初めてだ。「聖女」と呼ばれるくらいだから、そっちにも縁がありそうなものだけど、後から聞くと聖女というのは後付けらしかったから納得がいった。


ここに来たのはある儀式のためだ。

「本来であれば裁判所や謁見の間でそれは行われるはずなんだけどね」

「…」

私の横には不機嫌なディン様がいた。

やたら私に絡んでくるこの方はしょっちゅういろいろと動いてくれている。それに感謝はすれど、どうやら何かを期待している様子。しかしそれが何かわからない私は彼にどんなことを返せばいいのかがわからずに少し怖い。


「なんで怒ってるんですか」

「俺は、納得していないから」

「…?」


教会の中は前の世界のそれと同じだった。前が神父様、牧師様?が立つ場所がある。結婚式なら台を挟んで近くに新郎新婦が立つんだろうな。

私たちは通路を挟んで右側へ座った。見渡してみるとそこには属性の長達や研究員数名がいた。

そして前には神官とロキ様、奥には女王の姿が見える。



「それではこれより召喚の儀を行う」

ロキ様が前に出てきた。召喚?

「これから別の世界からある者を呼び出すんだよ。それが召喚」

とても冷めた目で彼は言った。なるほど。

でも召喚をして一体何をするつもりなんだろう。


「前へ」

顔を黒い布で覆われた女性が神官に連れられてやってきた。教会らしく白いローブを着ているそれは中央まで来ると跪いて、頭を下げた。

彼女の下には魔法陣のような円とこの世界の古代の言葉でつづられた文章がある。

「「「これを贄とし、再臨を。蘇りの力を施しその君の、力を再び此処へ」」」


彼女を囲うように神官複数が同じ呪文を唱えている。






すると高い天井が境目がつかないほど白く輝き、光の粒が雪のようにふわふわと降りてきた。

全身少し黄色がかった白色の女性もゆっくりとそれに続く。


「かみさま…?」

「そう。あれがおとぎ話でよくある「再生の女神」のもとになった神サマ。まあおとぎ話とはちがうところもあるけどね」

神様の装束って世界が違っても同じなんだ。白く長い布を体に巻き付けていろんなところを隠しているみたい。でも体も同じくらい白いのでたとえ見えてもさほど気にならないんじゃないかと思ってしまう。


『何年振りであろうか。我を呼び出すということは、何か望みがあるのだな』

大きくはないが深い声は教会全体に響き渡り、それだけで神々しさを物語っているようだ。


「再生の乙女、フリッグ。女王陛下の聖魔力は不測の事態によって奪われた。そこで持っていただけの戻してほしい」

ロキ様は高らかに告げる。修練はしているも、いまだに陛下の聖魔力は戻ってはいない。それを自分の力だけで元に戻すのはとても時間がかかることだろう。

『…望みはそれか』

「…もし、かなうのなら」


それまで黙っていた女王が口を開き、布で覆われた女性を指さした。

「彼女の顔についた傷を元通りにしていただけませんか」

『それは、対価を決めてからだ』


「え、再生の女神は見返りを求めないんじゃ」

「神サマは慈悲深くて優しくて。というのはおとぎ話だよ。ましてや彼女は本当の神サマではない。異世界のなんでももとに戻せるモノだ。こんなところに呼び出されて、無償で力を与えることはないんだよ」


そういわれると、妙に納得がいった。俗っぽく言えば「交通費」なのかもしれない。ある程度の助力があるとはいえ、ここまで来るのに何もせずというわけではないんだろうから。


「対価は、このモノの記憶」

『ほう。これはこれは…』


「記憶って…」

そんなものであれが力を貸してくれるのだろうか。

「そう思うよね」

ディン様はひどくつまらなそうだ。朝会で校長先生の話を聞くときみたい。


『なかなか数奇な運命を辿ってきたのだな。負の感情が強く濃厚だ』

「あの世界では人の記憶は大変貴重なモノなんだって」

『気に入った。貴様の力とあのモノの顔。どちらももとに戻そう』


フリッグと呼ばれたその人は妖しく笑った。そして女王と彼女へ手を伸ばし、光を与えていく。

そして彼女から黒い光を持っていった。

神官が彼女の布を取ると彼女に深く入っていた傷は跡形もない。本来のきれいな肌がよみがえった。

そして女王はあるべき力を取り戻したからか、それまでとはオーラというか気配というか、それが大きいものになったのが伝わってくる。


「これで…彼女の記憶はなくなるのですか」

『ああ。我が奪ったことになるため、完全に消える。思い出すことはない。このモノが持っていた憎悪もなくなるため、いいように使うこともできるぞ』

冗談のようにクックと笑っていた。彼女はもともとこういう性質なのだろう。

神聖な教会に似つかわしくないそれは内容も相まって場を凍らせていた。


普通に話をしている女王に比べ、記憶を奪われた衝撃が大きかったのか、レイヤは気を失ったまま、目が覚めることはなかった。



「これにて召喚の儀を終える。今日見聞きしたことは口外しないように」

含みのある言い方したロキ様のその言葉で、お開きとなった。


「やっと終わったね~。どうする?お茶行く?」


ディン様の言葉に濁すような返事をして、私は彼女の後を追った。





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