第25話 間章~たからもの②


「こんにちは、アリナ嬢」

「…ディン様」

取り調べのための小さな部屋。俺とアリナの二人。罪人ではないから書士はおらず、好都合だった。

一日たって、もっと落ち込んでいるのかと思ったが、陛下のはからいもあり、それほどだった。

…あるいはニール様の修練よりも取り調べのほうが楽だから、という安堵の気持ちからかもしれないが。


「疲れているかな。ごめんよそんな時に取り調べなんて」

「…いいから早く始めてください」


彼女は俺と視線を合わせなかった。報告会の前は長達にあんなに愛想を振りまいていたのに。

少し寂しいが、状況が状況だ。

「そうか、じゃあ始めよう」





「アリナ、君のことは調べがついている。


内通者と思われるものと手紙のやり取りを始めたと」


俺が個人的にアリナを調べていただけだったが、こんなところで役立つとは思わなかった。


「君がそれを学校に持ってきていたのを同級生が目撃している。手紙の交流が始まったのはいつだい」


「私が…籠っていたとき、13歳の時からです」

アリナは今年で17歳。4年前からそれが始まっていたということになる。

(ちなみに女王が即位したのが5年前。俺が属性の長になったのが6年前のことだ)


「同級生から聞いたけど「預言書」と手紙のことを言っていたんだってね。それはどうして?」

「……」


(もしかしたら。

手紙それが傷ついていた彼女の心に付け入ったとしたら)


「手紙には私に起こることが書いてあったからです。最初は疑いましたが、信じざるを得ない事実が書いてあり、それを信じました。私が聖女になることも手紙で知りました」


(何らかの手段でアリナが聖女になることを知っていた。アリナが信じざるを得ないものを用意して、アリナを傀儡にしたとしたら)


「そうか。差出人は書いていなかったんだよね。何か、ヒントはないかな」

証拠を探そうと、アリナの部屋に捜索が入ったが、手紙は見つからなかった。

アリナが持っているかもしれないと思ったが、手紙は読んだ後、魔法で溶けるように消える仕組みになっているようだ。



「貴族のような文体と…たまにバラのにおいがしました」

「バラ?」

「ええ…もしかしたら間違っているかもしれないですけれど」

「いや、思い出せるならなんでもいい。他には何かあるかい」

「普段は優しいのに、女王陛下のことになると悪い、憎んでいる、みたいな書き方をしていました」


(陛下への恨みから派生したこと…それなら、リュカから聞いた香料の件も関係しているのか)

陛下が倒れたのはそれのせいではないかという見解になっている。

女王を動けなくし、アリナを使い、何をしようとしていたのか。



「ディン様。私が思い出せるのは、これくらいです」

「ありがとう。持ち帰って参考にさせてもらうよ」

「私は…私は、利用されていたのでしょうか」

アリナはゆっくりと視線を上げて、俺を見つめた。すがるように、安心する答えを求めるように。


「そういう意見が多いだろうね」

だが、俺はお人よしで終わりたくない。

そんな奴は記憶に埋もれてしまうだろう?


「籠っていた君のことを誘導し、こういう事態に陥れた。俺はそう考える」

「…」

ここで優しい言葉を選んだら、手紙の主に感情が残ってしまう。それは避けたい。



「君は、思い遣りが足りなく、その気がなくとも自己中心的に思われてしまうことが多い」

「う…」

「そのせいで、他の長達からはあまりよく見られてはいない」

「あぁ、あ」

「ただ。陛下もおっしゃっていたように流布に関しては真面目だった。一生懸命だった。

時間に遅れても、そのことだけは頑張っていたね」


「君の処遇については一部から反対意見もある。すぐに聖女を退位すべきだ、ふさわしくはないと」

「…」

「俺や陛下は君を信じている。陛下はそういった意見は一蹴しているよ」


『アリナ嬢には頑張ってもらって、私を治してもらおうと思っているから』

陛下はリュカと組んで聖女アリナのもたらす聖魔力の質について議論し、良質なアリナの聖魔力で活性化した土地の話を武器に、反対意見をつぶしていった。


「ありがとう、ございます」

アリナの声は震えていた。

「さあ、話は終わりだね。オイシイお菓子があるんだ。食べよう」

俺はアリナに自分の実家の名産のマドレーヌを出した。

「これって…」

「知っているかい?」


もし、昔を思い出して彼女が苦しんだとしても。アリナのそばにいたい。今度はずっとそばにいて、アリナを守るから。


「なんだか懐かしい香りがします」

うっとりするような優しい笑顔を見せたアリナに安心した。


「ねえ」

「アリナ」

ああもう、そんな顔しないでほしい。ゆっくりと育てていきたいのに、ずっと我慢していたのに。

俺に向ける笑顔だけで、気持ちが言葉になってしまいそうだ。



「俺がどうして、こんな風にするかわかる?」

「…責任感が強いから?」

「そっか。ある意味そうかもね」

向かい合って座っていたはずなのに、俺は無意識で彼女の横に座った。


「ディン様、近くないですか」

「今までずっと遠くにいたからね」

「?」

「さ、早く食べよう。明日のニール様の授業に備えなきゃ」

「…思い出させないでください~」


ああようやく、願いが叶いそうだ。







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