30 身に余る加護

 「【実】の神様が夢に出てきて……」



 こっそり屋敷を抜け出したのがバレて悶着があると面倒なので、アルダーは小さな嘘を吐いた。

 結果的にはここで些末な嘘を吐かずともアルダーの脱走が咎められることはなかったが、そんな未来は知る由もない。


 それより何より、八つの原初属性を司る神の一柱がアルダーに接触したという事実に、アルダーの母親でありディアノベルク家当主であるヴィーナは頭を抱えた。



 「加護? とかいうのをくれたみたいで、試してみようかなって……」



 続きを促したヴィーナに返ってきたのはそんな手に余り過ぎる報告だった。


 いつも毅然とした佇まいを崩さないヴィーナが隠そうともせず狼狽える様子にアルダーは思わず身体が強張る。

 如何せん、アルダーはこの時点では事の重大さに気付いていない。



 神が夢に出るというのはそう珍しくないことだ。

 神職者に限らず、誰にでも起こり得るその啓示は「神託」と呼ばれ、それはそれで大変に有難い話である。


 何をどうしろと具体的な指示もあれば、ぼんやりと曖昧な言葉を贈られることもある。 どういう基準で誰に何が齎されるかはそれこそ神のみぞ知る話。


 しかし「加護」……とりわけ「八柱神の加護」ともなると話は変わる。

 それは伝説の中で出てくるような明確に人智を超えた代物だからだ。



 もちろん御伽噺に限らず、歴史上神の加護を授かったとする者の記録は残っている。

 今となっては何がどこまで真実かは分からないが、とにかく加護を授かった人間というのは総じて偉人或いは超人として歴史に名を残している。


 だが、加護と一言に言ってもその質には差がある。


 神と称されるもの……人間の尺度で測り、神職者の言葉を借りるなら「神格を持つ存在」自体は無数に存在する。 日本でいう八百万信仰のようなもので、当然その数だけ加護のバリエーションはあり得る。


 が、原初八柱の神、すなわち神格の中でも最上位の八柱のうちの一つである。

 中でも【実】の神の加護については、神話においてしかその存在は語られていない。



 【実】を司る神 ハウメアは、丁度ディアノベルクが臨する山々に囲まれた深き森を棲み処とすると言われている。 そもそもディアノベルクという地名が古語で「【実】の神の棲み処」という意味を持つ。


 しかし、臨しているからと言って明確にその恩恵に肖っているわけではない。

 確かにディアノベルクの土壌は肥妖で作物はよく育つが、自然豊かな立地と地形的に見ても耕作地として優良といえば不思議なレベルではない。

 加えてハウメアが司るとされる【実】の魔法はディアノベルク領民はおろか、人間にとっては失伝どころか元より根付いてすらいない謎多き魔法体系である。

 ただ神の住まう森を侵そうという不届きな野心家から守る要衝として独り善がりにそうあるくらいの縁というのが長く続くディアノベルク家としての認識だった。




※ ※ ※


お待たせして申し訳ありません。

ぼちぼち更新再開していきます。

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