8 でも選べない②

 そもそも以って、おっぱいの柔らかさに関しては何の罪もないはずなのだ。

 人畜無害の極致と言っても過言ではないその柔らかさを押し付けられて、別に圧殺されるわけでも無かろうに。

 むしろ圧殺されても「ご褒美です」と満悦の表情で逝くのが紳士の嗜みだろうに。

 

 いくら倒錯的な世界に生まれ変わったとて、こちとら前世の価値観を三十年分引きずってやってきた生粋の童貞である。本能が求めて止まないこの柔らかさにどうあらがえと言うのか。


 何だか急に頭が悪くなってしまった気がするが、脳に巡るはずの血流が股間に集中しているので今だけは容赦してほしい。



 「アリシア、アルダーの顔を見てみろ。 突然抱きついたお前のはしたなさを責めもせずただただ耐えている。 余り困らせるような真似をするな」



 ロゼリアがアリシアを諌める。

 まぁ指摘は間違っていない。 耐えてはいるのだ。

 僕の性欲が勃起程度で収まるようにと握り拳をきしませ、顔がだらしなく歪んでしまわないようにと唇を噛みしめ耐えているのだ。

 何もかも許されるなら本能のままにアリシアを押し倒して襲ってしまいたいところだが……いや、よく考えれば多分この世界なら王家とディアノベルク家の面前である以外の要素では襲ったとて責められようがなさそうだな?


 はて、ともあれ空気的に膠着こうちゃくは良くなさそうだな。であればここはてことで。



 「アリシア殿下、今は、皆が見ておりますので……」



 急激に頭が冴えたので、我慢顔を見てギョッとしていたアリシアをそっと遠ざける。

 しかし凶暴な胸しやがってこの性悪殿下。 彼女は最近こんな感じのスキンシップがまた増えてきたが、これまた絶妙に性欲をくすぐるおっとり可愛い系のたぬき顔だから毎度耐えるのに苦心する。



 何はともあれ、今一度はっきりしておこう。


 正直僕は王族とどうこうなるつもりはない。少なくとも今は。


 権力にも財力にも興味のない僕の眼鏡で見ても、陛下も王女様方も皆器量良し能力良しの超優良物件だらけだ。

 彼女らにすれば半分遊び心だろうが、それでも僕自身か僕の能力かに少なからずは好意を寄せてくれているのは分かる。

 それだけにこの中から選べないというのは贅沢な悩みだが、実際は気持ちを除いてもおいそれとは選べないのだ。



 「全くおてんばな娘たちだな。 まぁ見ての通りだアルダー。 我々は皆君を欲しがっている。 どうか前向きに考えてくれたまえよ」


 「恐悦至極にございます」



 ありがた迷惑と紙一重ではあるが。

 王族だけではなく、王国中の貴族や有力者たちが僕を狙っている。不遜な自負だが、これは主観ではなく客観的な事実だ。

 今や僕は貴族家の男としてに留まらず、国中に求められるだけの能力と実績がついて回る。つまり僕が王女様方の誰か一人を選ぼうものなら、それは王位継承に思い切り影響するバリバリの政治案件となり得るのだ。



 それに王家に嫁げば今領地でやっている業務を国全体のスケールでやらされることは目に見えている。

 領主家として領民までなら責務として受け入れるが、全国民は普通に荷が重い。単純に領民と全国民との愛着の差もありモチベを捻り出すのも難しい。


 しがらみが無ければな。もっと言えば、一夜限りの関係とか贅沢も過ぎる要望も言ってみればさらっと通りそうな雰囲気さえあるが、彼女らにも王族としての立場があるし、ドライに弄ぶには些か情がありすぎる。

 よって今の僕にできることと言えば、残念極まりないが全員と一定の距離を置いておくことしかないのだ。

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