11 ディアノベルク家の母子事情

 「アルダー、阿婆擦れどもの口車に乗る必要はありませんよ」



 エインズワート王族との歓談を終え、晩餐会に向け主催控えへと引き上げてきたところで、ディアノベルク家現当主である母 ヴィーナ=デル=ディアノベルクはキッと強い目つきでこちらを見据える。


 阿婆擦れ呼ばわりは中々……たまに心配になることもあるが、母上も母上で一応弁えてはいるようだから何も言うまい。

 当代ディアノベルク家は身内贔屓抜きに優秀な貴族であり、母上個人としては優秀な軍人でもあり、戦場で同じ釜の飯を食った絆は別にしても王家との繋がりは密である。

 陛下も陛下であの豪胆さ通りの大物であるから、母のれを戯れと理解して受け流すだけの度量もある。 ディアノベルク家は絶対的権力者である王家をして持ちつ持たれつwin-win関係を許されている。



 僕の進退の件を除いては。



 母上は些かアンテナが過敏な気もするが、僕を狙っているらしい女性たちに対しては問答無用で敵対的だ。特に王家――中でも陛下に対してそれが強い。

 恐らくそれには一夫多妻が常であるこの世界において陛下が何人もの男をはべらせているその末席に僕を加えたがっていることについて思うところもあるだろうが、主には僕をその背景ごと取り込もうという思惑に反発しているものと思われる。


 母上は昔、僕を箱入り息子として大事に閉じ込めて育てていた。

 当初、僕は浮世を知らぬ清い男子として育て上げ、順当に王家か有力な貴族のいずれかに婿として出される手筈だった。下手に情が湧かないよう政略の道具として割り切って見ていたと言われ面食らったが、この世界ではよくある男子の扱いであり、それについて家族を恨んではいない。

 そんなわけで僕が領地運営に関わろうとしたときにはそれはもう猛反対されたが、僕の意思が固いことを知るとやっと僅かながらに学ぶ機会を与えられたものだ。



 今、母上が僕を手放したくない理由は大きく3つある。


 まず、僕が領地運営に関わりだしてから挙げた成果が膨大なものだからだ。

 領主の仕事は一言でいえば苦難そのものだ。 数十万の領民の命を、生活を預かり、かつ領内の経済と物流を掌握し、治安を維持し、発展、保守、防衛に務めなければならない。

 もっとも、そんな領主としてお手本のような立ち振る舞いができる貴族ばかりではないが、幸いにも我が国の地方行政は当代政権が徹底的にを行ったおかげで他国と比べれば健全な方である。


 業務の中には当然ながら母上が僕を遠ざけたかったであろう汚れ仕事もあるが、領の治安を守る上でそれらも必要不可欠だ。

 やはりどうしても悪い人間というのはいて、恐らく前世で言う中世~近代に近い発展度合いのこの世界では現代日本と治安の質が根本的に違う。 故に犯罪の質は素直にえげつなく、その粛清も時に苛烈を極める。最初は抵抗もあったが、今や善良な領民と健全な領地運営のために僕も容赦は捨てた。

 母上は複雑な顔をしていたが、母上一人に背負わすべき業ではないと進んで加担した。ついでにこの件で死生観の方はだいぶこの世界寄りに矯正されたと思う。

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