冒険生活日記。

だるい

第1話 始まり

鬱蒼うっそうと木々が生い茂る森の中。

月明かりは届かず、闇夜だけが続いていた。


黒いレザージャケットとショートパンツを身にまとい、身軽さと動きやすさを重視した装備をした赤目の少女が屍食鬼グールと呼ばれる吸血鬼と死闘を繰り広げていた。


屍食鬼は人間の姿を持ちながらも、吸血鬼の力によって異形の存在となっていた。

屍食鬼の動きは獣のように素早く、振り下ろされる攻撃の全ては致命傷となろう。


彼女の名前はノア・バーミリオン。歳は15になるが冒険者として屍食鬼と渡り合える程の実力が備わっている。

小柄で華奢な攻撃は、屍食鬼の大ぶりの攻撃を避けるには都合が良く、洗練された僅かな動作のみで対応していく。


ノアは後方へ飛び退きながら屍食鬼の攻撃に素早く反応し、攻撃を避けると同時にクロスボウから一撃を放った。


銀の矢が屍食鬼の右肩に突き刺さり、悲痛な悲鳴と共に血しぶきが舞う。

銀は屍食鬼や吸血鬼に対して有効な攻撃手段だ。

しかし、体を銀の矢に貫かれようとも屍食鬼は襲いかかってきた。


「まだ来るの!?」


銀は屍食鬼にとって致命的かつ有効的な攻撃だ。その効果は聖水と同様、アンデッド種の身体に火傷のような効果をもたらす。銀の矢が突き刺さった場所から溢れる血は、沸騰した水のようにぶくぶくと泡立つ。腐肉が焼けるような臭いを漂わせながら狼煙のように煙が上がる。


攻撃は間違いなく効果を示している――しかし、屍食鬼はそれでもノアに襲い掛かった。決死の一撃を繰り出さんと鋭利な爪を立て、腕を振るった。


ノアは咄嗟に銀の剣を手に取り、激しい肉薄戦に身を投じた。


屍食鬼は鋭い爪で斬りかかるが、ノアはその小柄で華奢な体を巧みに動かしながら攻撃をかわし、剣で反撃を試みる。明らかな体格差があるのにも関わらず、彼女は巧みに自信の身体を動かし、攻撃を剣で受け止めてはそれを流す。


しかし、屍食鬼も驚異的な俊敏さを持っている。

肉薄戦が続けば続くほど、対峙している屍食鬼はノアの動きを学習していく。

屍食鬼との体格差が相まって、彼女の攻撃は屍食鬼の身体をかすめるばかりで、なかなか致命的な一撃には至らない。


焦りが募る中、ノアはふと思い出す。

吸血鬼に有効な攻撃方法の一つとして、魔法の使用が挙げられることを。

しかし、彼女自身は魔法を操ることができない。

屍食鬼の攻撃を、歯を食いしばりながら受け止める。力押しに負けそうになった瞬間、ノアが振り絞るようにして声を出す。


「アラン! さっさとしろ!」


ノアがそう言った瞬間、屍食鬼の横っ面に火球が叩き込まれた。

それは、ほんの握り拳よりも少し大きいぐらいの青い火球が屍食鬼に命中しただけだった。火球は瞬く間に屍食鬼の全身を業火で包み込み焼き尽くす。


命拾いしたノアはその場にへたり込んだ。


「遅いって……」


ため息交じりにノアが言う。


「この程度の魔物に手こずるとは……まだまだだな」


茂みの中から現れたのはアラン・ストーングレイ


ド。軽鎧と革製の鎧を組み合わせた防具を着ていて、片手にはミスリルで作られた銀の剣が握られている。

五十路に差し掛かる年齢であるものの、鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体をしていて長身。短く刈り込まれた白髪と逞しい顎鬚を生やした男だ。

彼はノアの師であり、吸血鬼狩りのスペシャリスト。

アランは右手を前に突き出し炎の魔法を放った。


「イグニ!」


掌から放たれた火球は、草むらに隠れていた屍食鬼に命中。一瞬にして屍食鬼は炎に包まれた。

一瞬の隙を作った。

ノアはそのチャンスを逃さず、銀の剣を再び握りしめ――屍食鬼との距離を一気に詰める。剣を振り下ろし、屍食鬼の首筋を狙って斬りつけた。鋭い刃が肉を切り裂き、屍食鬼の頭部が宙を舞い、屍食鬼の身体が力なく崩れ落ちた。


「助かったけどさ……遅いよ」

「この程度の魔物相手に苦戦をするな」


アランは厳しい口調で言った。


「連戦続きで体力が無かったんだよ……」

「たかだか数十匹相手にしただけだろ。それに、闘気の運用がまるでなっていないからそんな風に体力を消耗するんだ」

「ちょっとぐらい褒めてくれても良いじゃん」


ノアは不貞腐れたように唇を尖らせた。


「……歯を抜き取り忘れるなよ。じゃないとギルドに報告しても金にならないからな」

「分かってるよ」

「ノア、お前はまだ若い。もう少し冷静さを持つ必要がある」

「分かってるってば」


ノアはアランの言葉に悪態を尽きながら、転がっている屍食鬼の口元から“歯”を抜き取り懐にしまっていく。

森の静寂が戻り、ノアとアランは息を整える。屍食鬼の生命力の強さに苦戦しながらも、二人は共に勝利を収めたのだ。


「やっぱり、銀の武器は効果的だね」とノアが呟いた。


アランは表情を変えず淡々と答える。


「ふん……何を今更。銀は吸血鬼に対して有効な武器だが急所を狙わなければ意味がないだろ」

「ぐぬぬ」


アランは遠回しにノアが放った銀の矢を指摘している。


「それに屍食鬼は吸血鬼の一種に過ぎない。本物の吸血鬼相手じゃ銀の効果が薄いこともあるんだ。上位吸血鬼は人間離れした怪力やら特殊な術まで使うからなおタチが悪い。この程度の屍食鬼相手にてこずっているようじゃ……まだまだ半人前だな」

「いちいちチクチクと言ってくるなー……。頑張って倒したんだから褒めてくれたっていいじゃん」

「ふん、そうだな。あの矢が頭に命中していたらそうしてやってもよかったがな」


アランは次の行動について話し合い始めた。


「この森にはまだ屍食鬼が潜んでいる。俺達はこのまま掃討作戦を続行するが……ノア、準備はできているか?」

「言われなくてもやるよ。次の戦いに備えて常に準備はしているんだから。もっと強くなりたいし……屍食鬼たちは野放しにはできない」

「そうか、なら行くぞ」


アランはそれ以上何も言わず、再び闇夜の中へと進んでいく。

ノアもアランの直ぐ後ろを歩いて行った。

彼らの目的はこの森を屍食鬼から解放することだ。

屍食鬼は人を襲い食らうため、蔓延っている内は近隣の村や町に影響を及ぼす。

だから今回の作戦は何としても屍食鬼の巣を見つけ出し、殲滅


しなければならないのだ。

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