第3話 発端~規格外世界【インフィニティ・グランデ】】


ヒュゥゥゥゥッ………


「…………………………え?」


 ふと、意識を取り戻した僕の目に飛び込んできたのは……広大な大自然の草原だった。


(……え? どこここ……!?……確か皆ですき焼きしてて……その途中……寝ちゃってなんか変な夢を見て……それでその後……また意識が遠のいて……それが何で外にいるんだ!? それに夜だったはずなのに何でもう昼になってるの!?)


 混乱しつつも、何とかこの現状を把握しようとした僕は周囲を見回す。しかし、視界に入る情報はどれもこれも僕を混乱の渦に引き込もうとするものばかりだった。


「………何だこれ………」


 より明確に状況を説明すると……ここは何の変哲もない草原だ。

 風にそよぐ緑の草花、遠くに見える轍道のような土道、点々と置物のように点在する樹木、空は青く、雲は白い。

 こんな状況と周囲の『おかしさ』さえなければ……旅行先のドライブに最適な場所だろう。


 この草原が、空中に浮いてさえいなければ。


 いや、空中に浮いてるというのは表現としては正しくない。

 僕の今座っている草原のその先が……まるで坂道のように空へとどこまでも続いているんだ。

 重力などまるでないかのように、まるで大地は地面にあるという固定概念を打ち崩すように。ここだけが草原の凹みの中心でもあるかのように。

 まるで空へと続く草原、草原の山、天然のすべり台。


(こ……こんな場所日本にあったっけ……!? いやいや! 海外にだってないよこんなの……まるで創作の世界……)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「全てが規格外の世界!! 『インフィニティ・グランデ』!!」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 僕は夢の内容を少し思い出す。


(…………あれってまさか……夢じゃなくて本当だった……?……………いやいや、そんなわけない。たぶん受験勉強で疲れてるんだな、きっとまだ夢が続いてるんだ………)


 現実離れした光景に、逆に僕は冷静さを取り戻して現実に帰る。

 しかし、すぐに夢へと引き戻される事態が巻き起こる。

 夢といっても……そう、悪夢に──


「──痛っ!!!?」


 突然、手に激痛がはしる。

 今までただの中学生だった僕には体験した事のない痛みだった。


 飛び退き、立ち上がった僕は手を押さえ確認する。

 滴り落ちる鮮血、その原因は…………僕の手に突き刺さった……草原を埋め尽くしている……ただの『雑草』だった。


「うっ……うわああああああああああああああっ!!!?」


 僕の絶叫が広い草原に響き、呑み込まれるように消えていく。

 この広大な大自然では……人一人がどれだけ叫んでも鳥のさえずりと同じ……そそぐ風の音にでさえ掻き消される。

 痛みに喘ぐ僕の目に次に飛び込んできたのは……比喩表現ではなく、本当に『飛び込んできた』のは……風にそそいでいた……ただの『雑草』だった。


「ひぃっ!?」


 反射か、そうでないのか。

 間一髪で目に飛び込んできた『鋭利』な『雑草』を僕は避けた。尻餅をついて。

 たぶんただの恐怖心によるものだけど……偶然に助けられた。

 僕の目を貫通しようとした雑草は、はるか彼方へ消えていく。


「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」


 痛みによるものなのか、疲弊によるものなのか、安堵によるものなのか、僕の呼吸の激しさがどれからきたものなのか。


 正解は………どれでもない。

 ただの恐怖からだ。あまりの恐怖に僕は過呼吸気味になる。

 草原に生い茂る『雑草』は、鋭利な刃物のような音をたてて、鎌のように。死神の持つ鎌のように。

 僕の命を刈り取らんと、次々と向かってきていた。


(あ、終わった)


 それを見て、夢の終わり、現実の終わり、この世の終わり、生命の終わりを感じるのも無理のない事だった。

 だって僕……ただの中学生だから。

 襲ってくるただの雑草なんて知らないから。

 そんなの、対処しようがないから。


(何が何だかわからないままだけど、いいよね……? だってこれ、夢だし……)



「──落ち着きなさいよ、バカね」


 目をつむり、夢を終わらせようとした僕の耳に……金属の衝突音が響く。

 目を開けると……そこには僕に襲いかかった雑草の鎌を……ナイフ一つ、それも片手で受け止めていた金髪の女の子が立っていた。


「あんた何やってんの? さっきから見てたけど……『究極刀(アルティメットブレード)雑草』の対処法知らないの? こんなの子供だって知ってるわよ」


 ナイフ片手で雑草鎌を受け止めていた女の子は二つ結びの髪をなびかせながら、余裕綽々といった表情で僕を見る。

 とても可愛らしい顔つき、美しい金髪によく映える……まるで透明と見紛う白い肌。よく見ると結んでいた髪は左右ともに違う色、輝く白と銀色。

 アニメキャラみたいな……人形みたいな可愛い子。


 しかし、僕を見るツンとつり上がったその目は……まるでゴミでも見るような憐憫(れんびん)の眼差しだった。


「男のくせに……あんた男よね? こんなただの雑草に怯えるなんて……誰だか知らないけど、可哀想なやつね」


【水害魔法『王水(キング・クリームソーダ)』】


 女の子は空いている片腕で魔法陣のようなものを展開した。

 すると魔法陣から黄金色の水が濁流のように溢れ出し、うねりを形作り、雑草達に覆い被さるようにして襲いかかった。

 黄金水により濡れた雑草は炭酸の弾けるような音を出しながら次々と溶けていく。

 それにより周囲の雑草達も大人しくなったようで……風にそよぐ、ごく普通の草に戻っていった。


「あ……ありがとう……」

「こんなのただの草刈りよ、草刈りすらまともにできない人間がいるなんて思わなかったけど。あんた一体何者? いつの間にこの地帯に入ったの? それに草刈りもできないくせに何でここに来たの? 初心者の冒険者だってこんなのにつまずかないわよ」


 女の子は矢継ぎ早にまくし立てる。

 どちらかというと色々聞きたいのは僕の方なんだけど……。

 混乱している僕はまともに現状を受け止めきれずに質問する事もできなかった。


「…………あんた、もしかして……………まぁ、いいわ。とりあえずついてきなさい。あたしは【セリカ・ルィンミァリル】、セリカでいいわ。あんたの名前は?」


 セリカと名乗る少女は尻餅をついている僕に手を伸ばす。

 僕はほんの少し頭の中を整理して一番聞きたい事を少女に聞いた。


「……シン、僕の名前は【樹山 森】だよ。………セリカ、ここは一体どこなの?」

「……………この地帯の事? ここは『童子草原』、子ども達の遊び場によく使われているからそう呼ばれているわ。それとも、この世界の事を言ってるのかしら?……ここは『インフィニティ・グランデ』、全てがデタラメの規格外世界……って『外』から来た人は言っていたわ」











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