反撃
ネット広告で先を超された。しかしこれが奥の手ではない。俺はまだ希望を捨ててはいなかった。
まずは運用資金一億円をためること。これに向かってまい進した。
小西がネット広告について詳細に調べてきた。
「社長、リスティング広告でなければ月数十万円で済む手があります」
「数十万?」
「SEOっていうんですけど、例えば「株」で検索をかけると検索上位にあげることができるっていう広告手法です。これならリスティングみたいにいやらしくもないし、費用対効果も大きいと思いますし、まずはこれから進めればいいかなと」
「そうか、でかした。数十万なんかたかが知れてるな。まかせた。小西」
「分かりました。問い合わせてみます」
次の日、会議室をおさえ、また全体会議を招集した。
議題は一点。勝山投信に対抗する手段はないかという漠然としたものだ。
みんなが集まりぞろぞろと会議室へ。会議の趣旨を説明すると、みんな黙り込んでしまった。
小倉が手をげた。
「社長、社長は勝山投信を意識しすぎです。もう別の会社になったんですから私たちは私たちで一生懸命にやっていけばいいと思いますが」
もっともな意見だ。俺は黙り込む。しかし一喝した。
「だめだ。勝山には負けられない。俺は顔に泥を塗られた。だから弁護士事務所ではなく、投資会社を立ち上げた。プライドの問題だ」
「意地はっちゃって、もう」
「なにか聞こえたぞ」
小倉はそっぽを向き、天井を見上げる。
「あのー」
珍しく安藤がおずおずと手をあげる。
「安藤、なんだ。いってみろ」
「一口の単価を下げるのはどうでしょう」
「単価を下げる?」
「はい、今うちの一口の単価は100万円です。すこし敷居が高いなといつも思ってきました。一口10万円にしてはどうでしょう。現にしらかわ投信は一口1万円ですし、やってやれないことはないと思いますが」
「それをやると電話番の人件費が……んーん」
「そうやって会社って大きくなっていくんじゃないかしら」
そっぽを向きながら小倉が答える。
小口投資の敷居を下げて客を増やす。一方そのための人件費がかさむ……俺は今決断を迫られている。ふたつの事案を天秤にかけ、より有利な道を選択しなければならない。これが経営というものか。
「考えておく。他には」
「社長、ファンドの売り込みの時にいつも困っていることがあるんです」
川原が口を開く。
「なにをだ」
「運用方法ですよ。ほぼ必ず聞かれます。いい銘柄を買って長期投資する方針ですと苦し紛れに答えますが、そこでお客さんが考えこんでしまうんです。まだ実績がないですからね。こっちは冷や汗ものですよ」
「うーん」
俺はだまり込んでしまった。営業秘密は決して漏らしてはいけない、最後の砦だ。俺は別のカードを切る。
「年間利回りを10%にする」
「じ、10%!」
みんなが驚く。
「だ、大丈夫ですか……」
「バークシャーなんか20%出している。その半分だ。たやすいことだ」
川原が少しあきれ顔で俺を見ている。
「そこまでの利回りを出せる根拠は」
「いえない。だが俺は絶対の投資法を勝山投信で身につけた。そうだな、小倉君」
「そうですね、それは認めます」
川原がなおも迫る。
「だからその根拠を!運用方法を!なぜ言えないんですか!」
もうほとんどけんか腰だ。
俺はこれだけはばらしてもいいと思ったことをしゃべることにした。
「スイングトレードなんだよ」
「す、スイングトレード?!」
川原はクラっとして席に座る。
「じゃあ、長期運用しますっていってきた私は嘘をついてきたことになる……」
ガタンと、席を立つ川原。
「頭を冷やしてきます」
小倉も面食らっているようだ。
「スイングトレードって、勝てるの?」
「現に勝山はそれで3億の資産を築いている。俺はその方法を完璧に学んだ。やつにできて俺ができないはずはない」
「今は営業に専念してるけど、運用資金が一億円突破したら始めるつもりでしょ」
「ああ、そのつもりだが」
俺はスマホを取り出す。
「これを見てくれ」
「勝山投信の純資産額、23憶7000万円じゃない」
「ああ、一気に突き放されている。早く運用を開始しないと。小西、川原君を呼んできてくれ」
「はーい」
俺は決断をした。一口10万円にし小口も取り扱い、年間の利率も10%にするということを。
「電話申し込みが殺到するかもしれない。経理部でなんとかできそうか」
「私が担当するわ。任せてちょうだい」
「よし、とりあえずはそれでいこう。たのんだぞ」
俺はさらに印刷会社にアポイントをとり、後で行くと伝える。パンフレットと資料の中身を変えるためだ。
川原が喫煙室から戻ってきた。とりあえず決定事項を話し、家に帰した。
小西にはホームページの変更を指示した。決断、決断、また決断。経営者の決断によりみんなの給料も変わるかもしれない。経営とはかくも重いものなのか。それを自覚し、背中に責任がのしかかる。
利回りが10%の投資会社なんてないだろう。あまたある投資会社の平均利回りなど、せいぜい5%前後である。圧倒的な利回りで他会社をぶちぬいてやる。俺は初めて野心に燃えてきた。
会議を終え、一人煙草を吸っているとガラス越しに力丸が喫煙室に入ってくるのが見えた。煙草を取り出し火をつけると、俺の横にきた。
「今日はなにも発言しなかったな。どう思った、うちの社風は」
「いや、いいたいことをぶつけていいんじゃないですかね。川原さんは意外に直情的、小倉さんはけっこうな野心家とお見受けしました。しかしやはり実績がないのは営業に差支えがあるのは事実です。社長には頑張ってもらわないと」
「うーん、さすが元人事部、人をよく見ているな。君はファシリテーターにむいているようだな。これからはそういう目で君に意見をきいていく。たのんだぞ」
「お役にたてれば」
俺は吸殻を揉み消し、喫煙室をあとにした。
印刷屋に出向き、パンフレットと資料の中身を書き換えていく。
印刷屋の社長が目をみはる。
「本当に年利10%にするんですか?」
「ああ、おそらく投資会社ではもっとも利率がいいはずだ」
「儲けは出るんで」
「出なきゃやらないさ。計算ではほんとは20%まで出せるんだ」
「20%!どんな投資法を?」
俺はわははと笑う。
「いえるはずないだろう。営業秘密ってやつさ」
「そりゃそうだ。あっはっは」
「じゃ、今日は帰ります。明日配達してください」
「事業がうまくいくことを祈ってますよ」
次の日川原は有休を使って休んだ。まあ仕方がないだろう。
俺はリモートで川原を呼び出した。部屋着を着て川原がほうけた顔を出した。
「どうだ。調子は」
「特によくも悪くもないです」
「君が納得できないんなら、つまり嘘をつくことができないんなら、いつでも俺に相談してほしいと思ってな」
「詐欺罪になりますよ」
「俺は特殊詐欺の疑いで一度警察に捕まったことがあるよ。わっははは。でもすぐに釈放された。この投資法は警察のお墨付きなんだよ」
「ほんとですか!」
「ああ、近いうちに出て来いよ」
ホームページ、パンフレット、申し込み資料、すべてが刷新された。
俺たちは円陣を組み、「行くぞー!」「おー!」と気勢を上げた。
反撃ののろしが上がった。
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