行脚

 俺と小倉は待ちあわせ、銀行行脚をすることにした。目論見書だけはしっかり書き、大手のメガバンクの一つに入った。


 すぐに担当者が出てきて、裏側の談話室に案内された。


 担当者は冷房の効いた部屋で、テーブルの対面に腰掛け礼をした。


「ほう、投資会社を」


「はい、前の勝山投信で2か月間、徹底的に勝ち方のコーチングをしていただきました。さあ実戦だというときに転属を言い渡され、自分のスキルが生かされない営業にまわされ辞表を書いた次第です」


「ほう、なぜ転属に?」


「酒の席で同僚と社長の悪口を言ってたのがばれたんじゃないですかね。くわしくは分かりませんが」


 俺はあらかじめ用意していた嘘をいった。


「はっは。口は災いの元ですなあ。株式投資の運用方法は?」


「その目論見書に書いてあります」


「ほう、なるほどなるほど、スイングトレードですか、珍しい。なるほどなるほど、アンダーが2倍の株……ほう、ほう、……225%!」


 担当者はスマホを出し、累乗計算を始めた。


「ほうー!ほんとですね。年率225%になる!」


「計算上はです。実際には完全にフルポジションなんかできないので、180%くらいに落ち着きます」


「少々お待ちください」


 担当者は出ていき、もうひとりの男をつれてきた。


「この男は短期から長期まで投資にくわしいうちのアナリストです。私の理解の範疇を超えています。あとはこの男と意見を交えてください」


「こんにちは。高橋というものです」


「初めまして。森といいます。よろしくお願いいたします」


 高橋は目論見書に見入っている。


「ほー、このような投資法があるとは。肝はこれですね。アンダー2倍株。みなそんな数値見ないですからね。これは盲点ですね。で、年率に換算すると225%、実際にはそれでも180%にはなると。バークシャーなんか目じゃあないですね」


「ありがとうございます」


「分かりました、いいでしょう。500万円融資させていただきます。いいですね、多田さん」


「ほう、君がいいなら問題なかろう。ご融資させていただきます」


「ありがとうございます!」


 高橋が引き返してきた。


「この銀行に口座は……」


「持っています」


 俺は通帳を出した。


「では振り込んでおきます」


 外に出ると少し日差しが強い。5月も半ば。もうすぐ夏がくる。


「やったー!」


 俺と小倉は人目を気にせず抱きしめあう。自分の仕事が人に認められた喜び。二重の喜びに酔っていた。


 そのあと文京区の不動産屋へ行く。ここは共同オフィスの物件を数多く取り扱っていて、ひとつひとつ見て回るつもりなのだ。


 文京区に絞ったのは東京のほぼ中央に位置するため。営業がやりやすいからだ。


 3か所見てまわり5時になった。今日はここまで。


「はー、ぐったり……」


 小倉はもうグロッキー。俺も体の芯から疲れた。


「明日はどうする?休む」


「いや、負けない。だって大事な私たちのオフィスだもの」


 案外タフな一面をみせる。


 そこから商店街に入り、食堂を探す。すると寿司屋を見つけた。


(寿司かー)


 うーんとうなった。高いんだろうな。でもよくアシスタントを務めてくれたしな。500万円もはいってくることだし……。


「寿司いくか」


「やったー!」


 店内に入ると席は空いている。特盛で1300円。安!大衆寿司屋のようだ。


「特盛ふたつください」


「はいよ!」


「今日はご苦労さん」


 ビールを一本だけ飲む。


「あー、仕事の後のビールは最高だな」


「ほんとほんと」


「今日はよく働いてくれたよ。ありがとう」


 特盛がふたつ運ばれてきた。


 俺たちはむさぼるように食った。なんの魚か分からないが。美味い美味い。


「場所が決まったらちょっと温泉旅行にでもいかないか。疲れを取ろうよ」


「ほんと!嬉しい。晩御飯は松にしてね。そんなところでケチっちゃやーよ」


「ははは、分かってるよ」


「茶碗蒸しが楽しみー。大好物なの」


「俺もだよ」


(融資のお金であんまり遊んじゃいかんな。俺の貯金で行こう)


 寿司屋の玄関を出た。


 振りむくと小倉が顔を赤らめている。


「うちに来る?電車で10分ぐらいよ」


「ああ、じゃあ遠慮なく」


「うふふ」


 腕を組みふたりで駅の方へ歩いていく。香水か、かぐわしい香り、これからの情事に俺の胸もはずむ。


 小倉のアパートについた。「こっちよ」リビングに通される。こじんまりとした可愛い部屋だ。隣が寝室。俺は目ざとく見つける。


「シャワー浴びてくるね」


「あーその前に……」


 熱いキスをしながら後ろから胸をまさぐる。これが好きなのだ。俺は。


 シャワーに入る小倉。10分で出てきた。頭も洗ったみたいで髪が濡れている。


 頭にタオルを巻き、バスタオルで体を隠してでてきた。


 俺も裸になりボディーソープで全身を洗う。


 新品の歯ブラシが置いてあったので遠慮なく使わせてもらう。体をふき、小倉が待つベッドへ。


 横に寝ると、まだ洗いざらした髪をふいている。俺はもう待ちきれなくなり、強引に抱きしめキスをする。バスタオルをはぎとると形のいい胸があらわになる。俺はその胸にむしゃぶりつく……


 今日は小倉が上にまたがっている。まだ濡れている髪のしずくがとびちる。情事のあと俺と小倉はぐったりとし、ふたりで寝ころんだ。


「君は不思議だね」


「えーっなにが?」


「元気で自信に満ちあふれている時もあれば、おっとりして少し頼りなさげな時もある。君はっていうか女性全般に言えるのかもしれないけど、あれかなあ、生理が関係してるのかなあ」


「そうね、私、生理前はかなりきついの。いまはなんともないけど生理がくるともうだめ。性格変わるわね」


「じゃあ寝ようか。おやすみ」


「おやすみなさい」


 いつもより少しだけ早く寝た。


 次の日は安藤と小西も呼び出した。ふたりの意見も聞きながら物件選びをしたいと思ったからだ。


「四人様でしたらこの物件はいかがでしょう」


「いいじゃないここ。ブースも10もあるし、長テーブルも」


「フリードリンクが欲しいですねー」


「そうだな。けっこう重要だなそれ」


「次の物件はフリードリンクがありますわ」


 広い室内にパソコン作業用の長テーブルが三つ。商店街が近くにあり、食堂や居酒屋なども充実しているという。


「決めた!俺はここに決めた。みんなはどうだ?」


「いいと思います」


「さんせー」


「いいわ。ここにしましょう」


 俺たちは不動産屋の事務所にいき、契約してきた。


 もう昼過ぎだ。腹が減っていることに気づく。


「飯食いにいこう。近くにマクバーガーがある」


 四人はそれぞれのハンバーガーを持ってワンテーブルを囲む。


「かんぱーい!」


 ジュースでお祝いだ。


「ところで……」


 俺は分厚い封筒をとりだす。


「みんなそろそろ金が尽きるんじゃないかなと思ってな。給料日にしようと思う」


「やったー!」


「ありがとうございます!」


 俺は封筒をひとりひとりに手渡す。中身はみんな20万円。当座の運転資金だ。


「もちろん、本格的に仕事が始まれば振り込みにするが、少しの間は手渡しで我慢してくれ」


「はい」


「まあ、とにかくなんだ。おとといから俺たちは働きづめだった。さっき不動産屋から聞いたように正式な入所は一週間かかるそうだ。それまでは休んでいてくれ。追って連絡をするから」


「分かりました」


 疲れがどっと出た。ハンバーガーを食べ終わると表通りへ。そこでみんなと別れた。


 明後日は温泉旅行だ。骨休みをしよう。これから将来のビジョンを明確に定めなくちゃいけない。俺の仕事はまだまだ終わらない。




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