転落
俺は8時半に出社した。あくびをしながらトイレに行こうとすると、小倉、安藤、小西が掲示板を見つめながら何やら話している。
「おはよう、どうした?」
「これ見てよ、これ」
小倉が憤っている。
「辞令
所属 経営企画室
役職 室長
氏名 森久志
経営企画室室長の任を解き、営業部に転属を命ず」
「なっ!なぜ……いったい……」
俺は思わず頭が真っ白になった。
降格人事。しかも営業部。なにがあったのか分からない。
俺は会議室に入ると社長が座っていた。
「掲示板見たか」
「はい。なぜこれからという時に……」
勝山は大きな封筒をテーブルに置いた。その中から写真を数枚取り出し俺の方に投げてきた。
それを見ると身ぶるいした。俺と小倉がふたりで歩いている写真が……。
「俺が小倉に惚れてんの知ってるだろう。なのになぜ裏切った!お前たちが普通より仲がいいのを感じてな、探偵を雇った。その結果がこれだ」
「そ、それは……ひ、卑怯だぞ、こんな手を使うなんて!」
「どんな手を使おうが関係ない。どう申し開きをするつもりだ」
「………恋愛は自由だ」
勝山が憎くなった。でももう言葉がない。
「辞めさせてもらいます……」
「勝手にしろ。お前の代わりなんかいくらでもいる。もう顔も見たくない。出て行け!」
会議室をあとにし、俺はノートを一枚破り辞表を書いた。
会議室に入り、テーブルの上にノートの切れ端をぶつけた。
「お世話になりました」
あまりに突然の別れ。気が動転している。胸が弾み息が苦しい。それでも前を向き、勝山を見据える。
勝山はじっと俺の目を見ている。その間、5秒ほど。俺はそこからゆっくりと離れ、会議室を出た。
掲示板の前に小倉がいる。半泣きになっていた。そして小倉も封筒を持っている。
「私も辞める!」
俺は口を出さなかった。
小倉が会議室に入っていく。一分ほどのやりとりのあと、会議室から出てきた。
「私たちの交際を認めてほしいっていったら馬鹿いうなって怒られたわ。嫉妬深い男、こっちから願い下げよ。いきましょ!」
エレベーターで一階に降りカフェに入る。俺は小倉に続く。
席を取り、ついに泣き始めた小倉をなだめる。俺はこれからのことを考え始めている。
「もう株なんかやめてちゃんと弁護士業に戻りましょ。私が支えるから」
「弁護士に戻っても君を食わせていく自信がないよ。どっちか迷っている、弁護士か投資会社か」
「ゆっくり考えてね。私、待ってるから」
ふたりとも黙っていること10分。俺は腹を決めた。
「別の投資会社を立ち上げる!ついてきてくれるかい」
「うん。見返してやりましょう。社長……勝山よりあなたの方が優秀だって」
株も必勝法を身につけた。自信もある。今にみていろ!その一心で。
俺はまた会社の立ち上げからスタートしなくちゃならないと思うと気が重くなったが、やらなければ勝山に一泡ふかせてやれない。あくまで投資会社で戦いたいのだ。
「あ、いたいた」
小西がこっちに向かってやってきた。
「僕も辞表を出してきました。納得がいかないもんで」
デジタル人材が味方になった。これは頼もしい。
当座の運転資金は銀行から借りるしかないか……この投資法を話せば融資してくれるか。俺は迷ったが、融資を受けることに決めた。
考えてみればしばらくはこの三人で会社を回せるじゃないか。営業は俺がやれば済むことだ。これまでも馬車馬のように働いてきた。営業の腕も確かになってきたと思う。
「とにかくまずはこの三人からスタートしよう。営業は俺がやるから」
「はい!」
「一週間後から本格的に動きだそう。俺は少し休む。メンタルにきた」
「分かりました。やっぱりメンタルにきますよねー。僕も動揺してますもん」
小西が賛同する。
「その間にプランを練る。コストを極限まで下げるやり方を考える」
「僕はその間にホームページ作っておきますよ。森投信でいいですかね」
「それも踏まえて考えておく。みんな十分休養するように」
たのんでいたオムライスが三つ出てきた。それぞれスプーンで食べ始める。
なぜか胸がつまり、心のどこかが決壊し涙がつつーっと流れた。俺はおしぼりで涙をぬぐいながらオムレツを食べていく。
そりゃあ確かに俺にも非があるかもしれない。勝山をたきつけておいて俺はこっそり小倉と付き合っていたんだから。しかし納得いかない報復人事。いい大人のやることか。また怒りがぶり返してきた。
俺はテーブルをバーンと叩く。「許さん!」。
一時はこの人に一生ついていこうとすら思ったのに。憎しみは増幅してすでに狂気の域にすら達しつつある。
「落ち着いて森さん」
小倉がなだめてくれる。俺はオムレツを食い終わり、アイスクリームを3つたのむ。
「頭がまわらない。アイスで冷やさないと」
「やっぱり春ちゃんは来ないみたいね……」
小倉が残念そうにいう。
「ところで森さん、昨日の『破滅の刃』見ました?今回も面白かったですよねー」
「今はアニメの話をする場じゃない。話のTPOを考えろ」
「スイマセン……」
小西が小さく謝る。
「年棒のことだが……」
アイスを食べながらつぶやく。
「俺は億万長者じゃない。300万円ぐらいしか出せないと思うが」
小西がアイスを食べながら平気な様子。
「それだけあれば十分ですよ。僕は実家暮らしですし」
「私はアパートだけど、いいわ、ついていく」
その時小倉のスマホが鳴る。
「はい小倉です。……春ちゃん?」
安藤のようだ。
「……うん、そう。じゃ待ってるわ」
「安藤さんがこっちへ来るって」
「仲間になってくれるのかな」
「ここに来るっていうことは多分そういうことだと思うわ」
カフェの玄関が開いた。安藤が不安げに近寄ってくる。
小倉が立ち上がって手を振る。
「ここよーここ」
安藤は小西の横にちょこんと座る。
「小倉さんとはぐれてしまって」
それから仕事の割り振りやら、勤務体制、年棒のことなどを話した。
「300万円……ですか」
「最初のうちは、さ。どうだい」
安藤は悩んでいたが振り切ったようだ。
「やります。ぜひ仲間にいれてください!」
そういうと頭を下げた。
「よーし、気分直しだ。飲みにいくぞー」
「おー!」
俺たちは居酒屋に入った。四人席を確保し、店員にそれぞれ好きなものを注文する。
「これからの明るい前途を祝してかんぱーい!」
ビールをごくごく飲むと鬱屈した気分も晴れていく。
俺は唐揚げ二人前。大盛りの皿に入った唐揚げをバクバク食べていく。
安藤は相変わらずペースが速い。しかし酔っ払うのも速い。酒豪ではないみたいだ。今日も早々に酔い崩れている。
「森さ~ん。私、森さんのこと好きなんです~」
いきなりの告白。俺と小倉は苦笑いだ。
「俺も好きだよ、春ちゃん」
「ありがとうございます~」
小倉は財務のことを聞いてくる。
「貯金ないんでしょ。資本金は?」
「100万円からスタートする。俺の全財産だ」
「運転資金は?」
「最初は銀行融資しかないだろうな。はたして貸してくれる銀行があればだが。目論見書を丁寧に仕上げるしかないな。どこかがひっかかってくれればいいが。まずは500万円借りる。心細いが」
「森さんの腕を信じるわ」
「ありがとう」
「しかし、社長のやり方もえぐいですね。何があったのかは知りませんが」
小西もかなり憤慨している様子。
「いいんだよ。俺も悪いんだ。自業自得さ」
俺はビールに口をつける。
「何かしたんですか」
「それは内緒。あっははは」
安藤がむっくりと起き上がる。
「唐揚げください~」
「おー、食べろ食べろ」
「春ちゃん、ペース。ペース」
小倉の言葉も虚しく、三杯目に突入だ。
「さあ、カラオケに行こうか」
夕暮れが迫る。俺の未来を暗示するかのように。
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