浴槽の隙間から
さっそくだけど、質問してもいいかな。君の家のお風呂の浴槽はぴったり床にくっついているタイプかな? 浴槽の下に隙間とかない? なければ良かったね。この話を安心して聞けると思うよ。
これは僕の友達が体験した話なんだけど。名前は佐藤君。彼はアーチェリーに才能があって、東京の大会に出るほどの腕なんだ。
学校には佐藤君1人しか選手がいなくて、彼は1人で東京に行くことになったよ。彼の両親は仕事の都合で付き添いが出来なかったけど、ちょうど彼のお姉さんが東京で一人暮らしをしていてね。彼はお姉さんのアパートに泊まることになったんだ。
佐藤君は何事も無くお姉さんのアパートまでたどり着いたよ。そのアパートがさ、とにかくボロかったんだって。そこら中に黒いカビのシミがあって薄気味悪い部屋だったそうだよ。なんでこのアパートに住んでいるのかお姉さんに聞いたら、東京で駅から近くて安いアパートを探したら、三万円という破格の値段だったからだってさ。佐藤君はあまりの安さに、なにかあるのか聞いたんだよ。
ほら、事故物件とか、お化けが出るアパートは安いっていうだろう? 佐藤君は心配になって聞いたんだ。するとお姉さんは、アパートを借りた住人が立て続けに荷物を置いたままどこかに行ってしまうアパートだと言うんだよ。
君はどう思う? 三万で東京に住めるならそれでもいい? 僕は嫌だね。佐藤君も嫌がったよ。でも泊まるのは一日だけだし、我慢したんだ。
佐藤君は明日のために早く寝ようとお風呂に入ったんだ。髪を洗っているとき、足に何かが触る感触があったんだ。佐藤君はシャンプーをお湯で流すと、足下を見たよ。浴槽下の隙間、ちょうど排水溝の当たりから、黒い髪の毛の塊が足を触っていたんだ。佐藤君は叫んだそうだよ。曰く付きのアパートだから出たと思ったんじゃないかな。
お姉さんがお風呂のドアを開けると、佐藤君はそのままの姿で、脱衣所に逃げ込んだんだ。お姉さんは虫でも出たのかと殺虫剤を持ってきてくれていたよ。佐藤君は風呂を指さして、髪の毛の存在を教えたんだ。お姉さんは人騒がせねと呆れてゴム手袋をつけると、排水溝に詰まった物を取り出そうと、お風呂のエプロン部分を外したよ。
そして腰をかがめて、隙間をのぞき込み、腕をつっこんだんだ。風呂中にお姉さんの悲鳴が響いたよ。彼女の腕はずるずると浴槽下の隙間に飲み込まれていくんだよ。佐藤君は慌てて、お姉さんを引っ張ろうと近づいた。排水溝から髪の毛がずるずると這い出てきて、お姉さんに巻き付くんだ。
佐藤君は怖くてお姉さんを離してしまった。そのままお姉さんは隙間に飲み込まれてしまったんだ。その後のお風呂場は何事もなかったかのように静かだったよ。ポツンポツンと蛇口から水が落ちる音が響いていたんだ。
佐藤君は放心状態のまま大会に出たんだ。散々な結果だったみたい。佐藤君のお姉さんは行方不明になったんだ。佐藤くんはお風呂場の髪の化け物に連れて行かれたと言ったけど、信じてもらえなかったみたい。当時のお姉さんは付き合っている人がいたみたいで、その人と駆け落ちしたんじゃないかって噂されていたよ。ごまかすために弟の佐藤君に嘘を言わせているって。
僕は佐藤君の話を信じているよ。彼は嘘をつくようなタイプじゃないからね。僕はその話を聞いてから毎日排水溝の掃除をしているよ。別にお化けに会いたいわけじゃないよ。物に乗り移るタイプのお化けがいるからね。僕はその類いなんじゃないかって思っているんだ。乗り移るものをなくすことで、お化けが来ないようにしているのさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます