嘆きのレジスタンス(2)

 「はっ!」

 ロニーが目を覚ました場所は町の入口だった。

 「何でここにいるんだ」

 立ち上がって町に入るといつもの喧噪な風景が広がった。

 銃を持って歩いているビトルンが目に入ってロニーはハッと物陰に隠れた。

 「あいつら俺に何をしたんだ。直接訊いてみるしかない。殺されたらそれまでだ」

 決心したロニーはビトルンに近づいた。

 「なあ、聞きたい事があるんだが」

 ロニーが声を掛けるとビトルンが振り向いた。

 ビトルンは黙ってロニーを見た。

 岩山のアジトの襲撃以来、間近で見るビトルンの複眼の顔にロニーの体が一瞬震えた。

 (やっぱり殺されるのか)

 ロニーは覚悟した。

 「何か?」

 ビトルンの抑揚のない返事にロニーは緊張が解けた。

 「えっと……俺の事を知っているよな。仲間の意識を共有しているのだろ?俺に何をしたんだ」

 ロニーは恐る恐る訊くとビトルンはしばらく黙った。

 「ロニー。国籍並びに本名不明。レジスタンス。ビトルンを346体殺害。識別番号BV2301として実験観察中。以上です」

 ビトルンは抑揚のない口調で答えた。

 「へえ、そんなにビトルンを殺したのか。仲間を殺した俺が目の前にいてもお前は平気なんだな。その実験観察って何の事だ?」

 「あなたは実験体に選ばれました。ビトルンの分泌液を体内に注入した人間の反応を観察する実験です」

 ロニーの顔色が変わった。

 「おい、勝手に俺の体で何の実験をしているんだ」

 「脳に注入した分泌液であなたの脳波から位置情報を送れるか実験中です。順調に位置情報が送られています。先程まであなたがいた村はお陰で殲滅できました。町に戻したのは我々です」

 ビトルンの答えにロニーの目が大きく開いた。

 「村を焼き払ったのか!関係のない子供もいたのに……」

 「レジスタンスを殲滅する為です。あなたが起こしたテロ活動で死亡した子供もいるのに何を驚いているのですか」

 ビトルンは淡々と答えた。

 「何と言う事だ。俺のせいで」

 ロニーはその場にしゃがみ込んでうなだれた。

 周りでは人々が見て見ぬ振りして歩いた。

 「つまり俺の居場所はお前達に筒抜けって事だな」

 気を取り直してロニーは立ち上がった。

 ビトルンは「はい」と答えた。

 「一生この状態なのか」

 「はい。これから脳の活動が活発化して体に異変が起きます。どの様な症状が起きるかは個体差で様々ですが他の実験体の寿命から推測すると分泌液を注入して平均半年と考えられます」

 「今度は余命宣告か。冗談じゃないぜ」

 ロニーはため息をついた。そして「わかったよ。じゃあな」と歩き出した。

 (居場所がわかる以上、どこにいても一緒か。逃げられない)

 町角の仮住まいしていた空き家に入り固いベッドで横になった。

 「おい、どうしたんだ」

 仲間の男が家に入って来た。

 「俺に近づくな!」

 ロニーは叫んだ。驚く仲間に事情を説明した。

 「そんな事をされたのか」

 「他の連中に俺に近づかないように言ってくれ。下手に動いたら行動パターンから仲間の居場所がばれるかも知れないからな」

 ロニーが言うと男は「わかった」と恐ろしい物を見る目で外を出て行った。

 「あいつ嫌な目で見たな。俺も化け物の仲間入りか。頭が痛い……」

 天井のファンが回る部屋でロニーはまたベッドで横になった。

 しばらくして頭痛で目覚めたロニーは家を出て先程のビトルンがいた場所に向かった。

 ビトルンが二人立っていた。

 「おい、頭が痛いから何か薬が欲しいのだが」

 ロニーがビトルンに話し掛けるとビトルンは間を置いて、

 「頭痛薬で大丈夫です」

と答えて見渡した。

 「そうかよ」

 ロニーは目の前の薬局に入って薬を買って帰宅した。

 その晩、ロニーは軽く食事をしたがすぐに嘔吐した。

 「発信機になるだけじゃないのか。体が痛い。体が熱い……」

 ロニーはその場でぐったりした。

 「くそっ、どうしたらいいんだ。このまま死ぬのか」

 ロニーの脳裏に家族の姿が浮かんだ。

 ビトルンによる殲滅作戦で親が死んだ時、十八才のロニーは家にいた。

 家族の死を告げに来たレジスタンスに連れられて町を転々としながら戦い方を身につけた。

 その光景が次々と思い返してきた。

 「もう俺はここまでか」

 額から頭に広がる熱と体中に走る痛みと痺れ……意識がもうろうとする中でロニーは背中や腕や足の筋肉が変化して何かが突き出してくる感覚を覚えた。

 (俺はあいつらみたいな化け物になるのか)

 そう思ったロニーは恐怖を感じた。

 自分が何かに変身する事よりも仲間から殺される恐ろしさだった。

 今まで自分が殺したビトルンの様に仲間に爆弾を投げられて木っ端微塵にされる光景が熱くなった脳の中で浮かんだ。

 「逃げるんだ。ここから」

 ロニーはベッドから這い出て何とか立ち上がって家を出た。

 夜中の町は殆ど人通りがなく静かだが暑かった。

 フラフラになりながらロニーは歩いた。

 ビトルンはロニーを見かけたが反応はなかった。

 町を出て更にロニーの体に変化が起きた。

 「もうだめだ。俺は死ぬ。どうしてこんな目に遭わなければならないんだ。あいつらのせいだ。勝手に俺の体を弄りやがって許さない。許さない」

 うわ言を呟いてロニーはその場にうずくまった。

 「う、うわあああ!」

 ロニーの筋肉のあちこちが膨張した。

 顔が裂けるような痛みに襲われた。

 もはや顔は人間でなくなっていた。

 複眼の顔、そして膨張した筋肉が急に引き締まった。

 肩甲骨の辺りからバサッと骨が伸びた。

 その骨から薄い膜が広がった。

 脇腹から新たな腕が伸びた。

 頭に触覚が伸びて蜂の様な顔になった。

 裂けた衣服の間からオレンジ色と黒い肌が見えた。

 ブォーン

 羽音を立ててロニーは空へ飛び上がった。

 姿勢を崩しながらきりもみ旋回を繰り返して宙で止まって町を見下ろした。

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