少年A(4)
週明けの昼休み。浜尾はビトルンに呼び出されて職員室にいた。
「論文の結果ですが多少のミスはありましたが合格しました」
淡々と話すビトルンに浜尾はきょとんとした。
「そうですか。良かったです。あと……ありがとうございました。色々勉強できました」
「生徒が就職に有利になる様に務めるのが我々の義務ですから」
今ひとつビトルンが言っている事が理解できない浜尾は「はあ」とだけ答えた。
「そこでP製薬会社の体験入社コースを勧めますがいかがですか?」
「えっ、すげえ!県内トップの業績を上げている会社ですよね。受けます!」
浜尾は思わず大声になった。周りのビトルンは静かに作業していた。
「あくまで体験入社なので就職とは関係ありませんが一度経験してみるのもいいでしょう。詳細はスマホに送っておきます」
話を終えた浜尾は喜んで教室に戻った。
一週間後、体験入社が始まった。
主に研修と現場での雑用や軽作業だった。
思っていた以上の高度な知識を必要とする内容に浜尾は戸惑ったが予定通りのスケジュールをこなして最終日を迎えた。
その日の朝、浜尾がエントランスに入り社員証のカードを通してゲートを通り抜けた時、
ドーン!
エントランスの入口が爆発した。
浜尾は爆風で吹き飛ばされて気を失った。
目覚めた時は病室で背中にガラス片が刺さったものの命に別条はなかった。
「はあ、ついてないな」
ベッドで半起きになった途端、頭痛で前にうなだれた。
看護師とビトルンが入って来た。
「大丈夫ですか」
浜尾の様子に驚いた看護師が早足で駆け寄った。
浜尾は「大丈夫です」と答えて姿勢を戻した。
その場にビトルンがいる事に気付いた浜尾は「誰?」と訊いた。
「警察です。当時の様子について話を聞かせて下さい」
ビトルンの淡々とした質問に浜尾は素直に答えた。
突然、ビトルンの話が途切れた。
「どうしましたか?」
浜尾が訊くと一緒にいた看護師が、
「交信しているのよ。仲間と大量の情報を交信するとこうなるらしいの」
と小声で答えた。
浜尾は「へえ、意識を共有するって聞いていたけど意外と不便なんだな。一瞬で理解していると思った」と答えて固まったビトルンを見た。
ビトルンの目が動いた。
「失礼。お待たせしました」
「い、いえ交信するのも大変なんですね」
浜尾は何を言えばいいかわからないまま適当に答えた。
「容疑者を処刑しました。名前は矢野康。動機は会社に勤めていた父親が病死しての逆恨み」
突然のビトルンの言葉に浜尾は「えっ……」と答えて頭の中を整理した。
「知り合いですか?」
ビトルンの複眼の目が浜尾の表情に反応した。
「その目ではそう見えますか」
浜尾はキリッと睨んで言うとビトルンは「動揺していたので」と相変わらず淡々と答えた。
「調べたらわかると思いますが知り合いです」
と浜尾はこれまでの経緯を話した。
「ご協力ありがとうございます」
事情聴取を終えてビトルンと看護師は病室を出た。
「どうして相談してくれなかったんだ……」
浜尾はベッドで泣き崩れた。
最終日の予定は事件で潰れてしまったが後日、会社から体験入社の修了証書が浜尾の自宅に届いた。
事件のショックで学校を休んでいた浜尾は矢野とのやり取りを思い出していた。
いつも学校に通っているのが当然の暮らしをしている浜尾にとって同年代で働いている矢野の存在は新鮮であり色々学ぶ事があった。
そして矢野の言葉を思い出しながら数日を過ごしてまた学校に通い始めた。
それから自分の体に鞭打つように勉学と論文作成にまい進した浜尾は大学には進学できなかったが論文が評価されてアメリカの製薬会社に就職した。
三十五才になった夏のある日、浜尾は会社を訪れていたブルーパに呼び出された。
「日本で働きたいと思いませんか?」
ブルーパは穏やかな口調で浜尾に訊いた。
「今さらですか」
浜尾は訝し気な表情でブルーパを見た。
「貴方が学生の時に体験入社したP製薬会社です。来年から日本政府とAランクで取引をする事になりました。貴方の過去は知っていますがこれまでの貴方の功績を考慮して適正な人員配置だと判断しました」
「民間企業の人事にブルーパが介入しているのか。意外だな。民間の仕事は全部人間に任せていると思っていた」
「貴方が最初に書いた論文を見た時は中小企業への就職を勧める予定だった。体験入社中に爆破事件が起きて貴方は容疑者の関係者として監視対象になった。事件のショックで進路を変えると予測したがその後に提出した論文の完成度が高く成績もずっと優秀だった。大学入試は惜しくも合格点に届かなかった。このまま放置するのはもったいなかったのでこの会社に採用してもらいました」
ブルーパの唐突で冷たい口調の告白に浜尾は一瞬驚いたが、
「なるほどね。今の俺があるのは全てあいつのおかげって事だな。わかった。日本へ行くよ」
と穏やかに答えた。
ブルーパは無表情で転職の段取りを説明した。
会社を出た浜尾は青空を見上げて大きく背伸びをした。
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