異説 政宗、初陣
飛鳥 竜二
第1話 小斎攻め
空想時代小説
本能寺の変の1年前、天正9年5月、政宗は小斎の館跡にいた。かたわらには、守り役の片倉小十郎と、むくろとなった小姓の新九郎がいた。新九郎は政宗の影となるべき小姓であった。いざという時には政宗の装束を着て、政宗を逃がし、自分が犠牲になるという運命をもつ者であった。死ぬことは覚悟の上であったろう。しかし、まだ13才の元服前の小姓である。生きる楽しさを知ることもなく、主のために命を落としたのである。この新九郎、もともとは寺の小坊主であった。政宗が梵天丸と称して、虎哉(こさい)和尚の元で修行中、それを見て自分も武士になりたいと思い、還俗して小姓として仕えるようになった。還俗できたのは、賢かったこともあるが、第一の理由は、梵天丸に姿形が似ており、後ろ姿がだれが見ても梵天丸だったからである。
時はさかのぼって、小斎攻めのはじめにもどる。政宗の父、輝宗の軍勢はいつものように小斎のふもとで相馬勢と戦っていた。もう10回以上、相馬勢とここで戦っている。元はと言えば、政宗の祖父晴宗と曽祖父稙宗(たねむね)の戦いであった。ここ丸森の地を祖々父稙宗が娘婿である相馬義胤に譲ると言ったところから争いが始まっているのである。その話に長子である晴宗が異議を唱え、親子で戦いがあり、結果的には子の晴宗が勝利した。
稙宗は、丸森の丸山城に隠居したが、周辺の城は相馬勢に蹂躙されていた。晴宗亡き後も輝宗が引き継いで戦っているのだが、双方とも勢力の差がなく、決定的な戦いにはならず、小競り合いばかり続いていた。しかし、今回は政宗の初陣ということで、輝宗勢の士気は高まっていた。
いつものように輝宗勢は丸森の原の中央にある矢の目館に陣取っている。遠くの丘に小斎の館が見えている。向こうからは丸見えの陣地である。輝宗は館入城後、休む間もなく、戦評定を始めた。面々は、叔父の実元、弟の政景、家老の鬼庭義直、白石宗実、そして輝宗のかたわらには初陣の政宗。元服をすませたばかりの13才である。小十郎は評定の部屋の隣室におり、話し合いが聞こえる位置にいた。作戦を知っていなければ政宗を守るわけにはいかない。もちろん輝宗の許しを得ている。
「そこごとたち、今回の小斎攻めはどのようにいたす」
「兄上、正面きっての攻め入りはこちらの被害が大きすぎます。決してなさらぬように」
慎重派の政景が口火をきったが、皆そんなことはわかりきったことだと、苦い表情であった。
「敵を誘い出して野戦に持ち込んでは?」
野戦の好きな良直が言い出した。そこに慎重派の政景が口をはさむ。
「野戦は前にもやったことがある。その時は、騎兵で勝る相馬勢の方が押し気味であった。槍中心の当方は不利じゃった」
否定された良直は、口をとがらせながら
「それでは夜襲をしたらよかろう」
「それもやったが、だめだった」
と良直と政景の言い合いに終始していた。
「これではらちがあかぬではないか!」
輝宗はいらだっていた。この調子だから毎回小競り合いで終わってしまうのである。
「父上、私も話してよろしいでしょうか?」
政宗の声に一同注視した。
「政宗がか? ・・・許す。申してみよ」
「ありがたき幸せ。この戦、戦力は同等。となれば後は策の問題。そこで、わが方を二手に分け、片方は夜のうちに小斎の館の裏に回り待機します。敵が気づいて、そちらに降りてくれば、残る片方が攻め上がります。うまく伏せることができれば、残っている片方が全軍がここにいるかのように振る舞います。旗の数はもちろんのこと、朝餉、夕餉の釜の煙も同じにします。もちろん煙だけですが、そうすれば敵は全軍がこちらにいると見て、裏側には注意がいきますまい。そして寝入りばなに裏に陣どった我方が攻め込むのです。それと同時に全軍が攻め込めば、敵の騎兵を気にすることなく戦えます。あとは、兵の気力の勝負となるでしょう」
「うむ、今までにない策じゃ。よくぞ思いついた。どうじゃ?皆の者」
「良い策だと思います」
と全員が異口同音に答えた。
「それでは、政景と良直その方どもが裏手に回れ。万が一の場合の連絡のために忍びの黒はばき組を連れていけ。攻め込む時は火矢をあげよ」
政景と良直は一瞬見合ったが、決まれば一心同体。命に従うしかない。大将は家格が上の政景となる。良直は先陣となり、むしろ意気揚々であった。黒はばき組は輝宗直属の忍びの一派で、本陣と先陣の間に立ち、伝達の命を受ける役目であった。一人の者が走るよりも駅伝のように伝達でいく方が速いし、後から後からでる伝達事項が素早く伝えられるからである。
評定の部屋から出る政宗を輝宗が呼び止めた。
「今回の策、だれの入れ知恵じゃ?」
「やはり父上には見破られていましたか。小十郎の策でございまする」
「だろうな。おそらく虎哉(こさい)和尚の教えであろう。政宗、戦ぶりをしっかり見るのだぞ」
「はっ、わかっております」
翌日、相馬勢に動きはなかった。向こうは輝宗勢が攻め込んできたら騎兵で打ち負かす算段なのであろう。裏に回った部隊の動きは、黒はばき組により逐一報告が入ってくる。うまく裏山に伏せることができたとのことである。夕餉の煙を立てたころ、こちらは戦の支度が始まっていた。そして陽が落ちて小斎の館からこちらが見えなくなったころ、全軍が静かに移動を始めた。小斎の館下には墓地がある。荒れた寺があるのだが、住職はいない。そこに何人かの相馬勢の見張りがいたが、焚火を囲んで話し込んでいる
裏山から「ウォー!」という鬨の声があがった。火矢がとんでいる。裏手の部隊が攻め込んだのだ。相馬勢の見張りは武器を持って階段を館まで登ろうとした。そこを弓で仕留めた。正面の勢力は無言で階段や斜面を登っていく。先陣は白石宗実の勢力である。館の見張りは裏山を見ていて、こちらには気づいていない。まさにチャンスである。宗実の家来が弓矢で櫓にいる見張りを仕留めた。そこで、相馬勢は正面から輝宗勢が攻め込んできたことを知った。もう混乱の極みである。いたるところで、斬り合いが起きている。政宗は輝宗や小十郎とともに、墓地の近くの仮本陣で見ていた。丘の下なので、全体は見えぬが、動きや歓声からしてこちらが押しているのがわかった。相馬勢は馬に乗って、隣の大内城に逃げ出し始めた。1刻(2時間)ほどで戦いは終わり、政宗は輝宗とともに小斎城に入っていった。館は火に包まれ、もう焼け落ちる寸前であった。その火の明るさの中、相馬勢の生き残りがいないか、武者狩りが行われていた。息のある者は槍や刀で突かれ、落命していった。降る者は武器を捨て、髪を落として服従を示している。
輝宗は温厚なので、降る者には手厚く扱った。勝ちどきの声をあげようとする時、死体の山の中から矢が音をたてて飛んできた。
「あぶない!」
と言って、政宗の前に出てきたのが新九郎であった。小姓なので、政宗ほどの頑丈な鎧はつけていない。胴丸の隙間から胸に矢が突き刺さっている。政宗が抱きかかえた時は、もう口もきけない状況だった。政宗は無性に悲しかった。自分の身代わりに死んだということもあるが、人間の死がこんなにもあっけないものかと思わされたのだ。
「若殿、新九郎はつとめを果たしたのです。武士にとって、主のために死ぬのは本望。悲しむことではなく、誉めたたえてくだされ。武士は死ぬことを恐れはしません。無駄死にをおそれるのです。若殿は家臣に無駄死にさせぬことが肝要」
守り役の小十郎が、涙を流している政宗を諭した。
「うむ、新九郎、よくぞ守ってくれた。礼を言うぞ。安らかに眠れ」
まわりにいた者たちは、新九郎のために手を合わせた。
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