ズレズレ草
きさらぎ
面接練習
人はときに苦し紛れにいい加減なことを言う。正直に一言「知らない」と言えれば、笑われたり、要らぬ不信感を抱かれたりせずに済むのだろうが。
背筋をピンと伸ばし、脚をそろえて行儀よく座る女子生徒を相手に高校入試の面接練習をしているときのことだ。
「あなたの趣味は何ですか。」
「読書です。」
緊張でいくらか表情が強張っているものの、努めて明るく答えた。
「読書ですか。いいですね。一年間に何冊くらい読むんですか。」
「えーっと……」
彼女は記憶を手繰っているようだった。
「正確である必要はありません。ざっといいですよ。」
「はい。二冊です。」
「えっ!!一年に?」
「二冊です。」
彼女は堂々と繰り返した。
「いやいやいやいや。二冊でしょ、一年に。それはふつう趣味って言わないでしょ。何か他にないの、ハマって続けてること?」
面接官役に徹すべきなのだが、あまりのことについ素に戻ってしまった。
渋い表情で何か考えていたが、彼女の口からは何も出てきそうにない。それでこう言って仕切り直すことにした。
「じゃあ、試験までまだ少し時間があるからじっくり考えておいでよ。さあ、話題を変えて続けるよ、練習。」
「では、あなたが高校に入って特に力を入れてやりたいことが決まっていたら教えてください。」
「はい、私は本を読むことが好きなので……」
「ちょっとちょっと。」
なんのためらいもなくそう話し始めた彼女を制した。
彼女が読んだ二冊の本のうちの一冊が、高校生の彼女が白血病におかされる悲恋を描いたもの。当時映画やテレビドラマ化され、一世を風靡した小説だった。そしてもう一冊がそれに便乗しようとしたのか、あるいはたまたま時をほぼ同じくして世に出たものか、白血病を扱った物語だった。どうしてもそれを言いたいと折れない。
「じゃあ、試しにそれでやってみよう。だけど、『本が好き』は言わない方がいいね。ボロが出たら印象悪いし。」
それでいくらか納得したようだった。
「あなたが高校で取り組みたいことがあったら教えてください。」
「はい。私は中学時代、本を読んで白血病について学んだので、高校に入ってもさらにその知識を深めたいと思います。」
「ほう、なるほど。それでは、あなたが白血病について知ったことを教えてもらえますか。」
「はい。」
彼女はそれまでになく快活に返事をし、すぐさま口を開いた。
「毛が抜けます!」
「それは薬の副作用であって白血病が直接の原因ではないでしょ。」
全力でツッコみたいところを堪え、冷静さを装いながら続けた。
「ほかに知っていることはありませんか。」
「えーっと、えーっと……」
彼女の眼はしばらく虚空をさまよっていたが、突然ハッと表情が明るくなった。
「何か思い出しましたか。」
「はい。」
「では、それを教えてください。」
「はい、骨が溶けます!」
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