【BOG実況】お祭りだー!! / カノンの計算外

【BOG実況】お祭りだー!! 



 配信を待機画面から切り替える。俺は少し喉の調子を確かめてからマイクをONにした。



「皆さんこんにちは、『感情的なポタクさん』です。BOG、ついにこの時が来ましたね。レイドバトル!」


 ・こんにちはー! 

 ・わこつです

 ・こんにちは レイド楽しみ



「とりあえず、まだ詳細を知らない人もいるかもしれないので運営のポストから見ていきましょう!」


 俺は既に準備していたSNSの画面を配信画面に写す。




【BOG運営からのお知らせ】


 立ちはだかるは6体の観音像。

 都心を中心に謎の力が広がっていき、やがて救世カノンによる世界の再創造がはじまる……! 


 次回アップデートより『EXTRA CHAPTER 救世の章 決戦編』を開始します。

 今回はレイドバトル形式のイベントとなります。

 アンカーの皆さんで協力して規定数のボス討伐を目指しましょう! 

 ボスを討伐した際には豪華報酬を獲得できます。奮ってご参加ください。


 開催期間:2034/12/29~2035/1/5

 参加条件:最新話クリア





「いやあ、やっぱりこういうお祭りってリアルタイムで参加できるとなるとワクワクしますよね。俺は今までストーリーは後追いだったので、ようやく最新話をリアタイできることにワクワクしてます」


 ・おまつりらー! 

 ・フッ、ポタクさんももう立派なアンカーだな(後方腕組面)

 ・今爆速でストーリー進めてます


「BOG、前も何回かレイドバトルイベントはあったんですけど、わりと報酬が美味いって評判でしたからね。今回も期待できそう」


 ・レイドはいいぞ

 ・報酬の為に無限に殺されたフライングホエールさん……


「ストーリーの流れ的にはカノンちゃんと戦う感じですね。纏姫ブラッファーとちゃんと戦うのって初めてですよね? 俺的にはここは大事な相違点だと思ってて、今までの敵は討伐すれば全部解決することが多かったけど、カノンちゃんは普通の人間。今回のストーリーが『EXTRA CHAPTER』、つまり番外章と名付けられたのはその辺が例外だからって意味なんじゃないかなって思ってて」


 ・たしかに

 ・ポタクさんまた早口になってる……

 ・運営はカノンを早く実装しろ

 ・人類対虚構の浸食っていう今までの構図から外れましたよね


「まあ、おしゃべりはこの辺にして早速参加して来ますか! いくぞお!」


 ・おおおお! 

 ・イエエエエエエ! 

 ・ようこそ、醜いリソースの奪い合いへ……



 カノンが手を合わせて瞠目しているイベントバナーをタップ。


 今回のイベントではタイプの異なるカノンが合計で6体存在する。

 本体である「千手観音」はレイドバトルクリアでないと挑戦できないので、今挑戦できるのは5体だ。

 ひとりで6体のレイドバトルをこなすとは、『遍在する』という特性はあまりに便利だ。


 ボスはそれぞれに別の弱点が設定されていて、報酬も別。

 ちなみにレイドで戦うカノンは分身体なので、倒してもすぐ復活する。強すぎる。


 全プレイヤーでカノンの残機を現すゲージを削り切ればクリア、ストーリーを進行できるという具合だ。

 まだ開幕直後なのでゲージは全然減っていない。


「今回は第三のカノンちゃん、『如意輪観音』を攻略していきますよ。ちょっと調べた感じ、ここが一番ドロップ良さそうなので」


 チーム編成はだいたいいつも通りにして、さっそく出撃だ。

 アップで敵の姿が映る。そびえ立つのは、特徴的なチャクラムを手に持った観音像だ。半跏思惟像と呼ばれる座った姿勢であり、無機質な瞳は真っ直ぐにこちらを見据えている。


 その前に立つカノンは、法衣を着ていた。


 戦闘が開始されると、俺はすぐに驚きと共に言葉を発した。


「お、固有BGMじゃん! いいね! こういうのインド系って言うんですかね。やっぱ仏教モチーフってことですか? 個人的にはカノンの思想はむしろ日本の鎌倉仏教、特に浄土真宗とかに近いんじゃないかと思ってるんですけど──」


 そんな風に雑談しながらもさっそく攻撃を仕掛ける。

 ブライダルライカちゃんの弾丸が命中。

 すると、ただちに反撃が返ってきた。


『救世よ』


 法輪──つまりチャクラムを利用した投擲攻撃だ。

 ライカに命中し結構なダメージが入るが、すぐに主人公で彼女を回復。


「よし、追撃!」


 後ろに控えていたハヅキが一気にカノンの元へと近づき、斬撃を放った。


『カッ……まだ、救世は……』


 断末魔を上げてその場で霧のように消えていくカノンの分身体。


「なんか罪悪感ありますね……倒していいのかこれ」


 ・分かる

 ・ちゃんと痛そうな声出す

 ・報酬見てみ


「えっ!? ドロップうま! こんなもらっていいんすか? ……うおお、もっと周回しなきゃ!」


 ・手のひらクルー

 ・人の心? 

 ・これが欲に目が眩んだ人間……救世しなきゃ……


 とりあえずストーリー的な細かい状況は一旦忘れて、俺はひたすらにレイドバトルを周回することにした。




 〈TIPS〉アップデート直後はアクセスが集中する場合があります。ログインできない場合は少し時間をおいて再度の接続をお願い致します。





「ッ……なぜ、なぜこれほどまでに多くの纏姫が前線に?」


 カノンの顔が困惑に染まる。

 既に悟りに近い段階にまで至った彼女でも、予想外の事態に感情を露にせずにはいられなかった。


 もちろん、自らの救世に抵抗があることは覚悟していた。

『現世浄土』で干渉できない相手、纏姫とアンカーはカノン自ら相手をする他ない。


 しかし、あまりに数が多すぎる。

『虚構対策委員会』が事実上の機能停止に陥った今、幻想高校が組織立った行動などできないと思っていた。

 三々五々の抵抗など、カノンの分身体で軽く追い払える。


 しかし実際に敵対した纏姫は強い結束力を持って戦闘行為を開始した。

 カノンには分からない。

 いったい何が彼女らを駆り立てているのか、見当もつかない。


「まだ力は余っていますが、しかし……」


『遍在する』という特性を得た今のカノンにとって、分身体を補充する程度容易いことだ。

 未だ残った3体の分身が纏姫を相手に激戦を繰り広げている。倒れても復活するカノンの分身体を相手にする纏姫たちにも疲労の色が見える。


 しかし、カノンの使える力にも限度がある。神の名を冠する『虚構の浸食』を取り込んだカノンは通常の纏姫としては有り得ないほどのエネルギーを得たが、それでも有限のものでしかない。


 この後には『現世浄土』を世界に広げていくという大仕事が控えている。ここで消耗しすぎるわけにはいかない。


「少々分析が足りないでしょうか」


 カノンは意識を切り替え分身体の視覚を共有した。

 戦闘の様子を観察する。





 不空羂索観音像。それを背負うカノンは、今まさにフォックス小隊との戦闘中だった。


「幻想流──猪突!」


 滑るように走ったハヅキが刀を突き出す。観音像が突き出した掌と激突し、火花が散る。


「クッ……!」


 力比べになったハヅキが呻き声をもらす。

 剣戟を受け止めた観音像は、すぐさま逆の手のひらを振り上げた。


「ブレード展開!」


 ハヅキの背後から飛来したヒバリが、反対の手のひらを受け止める。


「全てを燃やし尽くす業火よ、我が敵を穿ち給え!」


 ヴィクトリアの高らかな詠唱と共に、炎の奔流が放出された。

 観音像が炎に飲み込まれる様子を見たカノンが新たな判断を下す。


「輪廻転生」


 カノンが手を合わせると、観音像がその場から消失した。

 すると、背後から蓮の花が出現し、華の上から観音像が再び出現した。


「チッ、やっぱりキリがないな」


 舌打ちをしたライカが拳銃をリロードする。観音像は倒しても倒しても復活してしまう。

 先ほどのように、カノンの動き1つで新しいものが出現してしまうのだ。


 そして観音像の本体たるカノン自身もまた、倒しても復活してしまう。

 霞のように消えたカノンは、すぐにどこからともなく再び現れるのだ。


「ライカ、作戦を変える?」

「いや、これでいい。カノンのリソースを削って本体までの道を切り拓く。リソースを削り切れば復活しなくなることは確認済みだ。みんなと協力して押し切るぞ」


 既に十一面観音像、如意輪観音は復活しなくなっている。

 全員で力を合わせて何度も何度も倒した成果だ。


「さあ、大詰めだ」



 ◇ 



「……なるほど。やはりあなた方が私の障害となるのですね」


 ひとりごちるカノンの脳裏には、ライカの顔があった。


 ──前からずっと、気に入らなかった。

嘘葺ウソブキ』というわざとらしい苗字。平然と嘘を吐く態度。それでいて不思議と周囲の人間には好かれる不思議なカリスマ。



 厄神討伐以前、カノンは翔太に尋ねたことがあった。


「フォックス小隊の方々は本当に絆が強いですね。いったい何があなたたちを繋いでいるのですか?」

「僕が来る前からみんな仲が良かったからね。多分、ライカが昔色々やったおかげじゃないかな」


 聞けば、フォックス小隊は元々噓葺ライカが作り上げたものだと言う。

 それを聞いたカノンは、ひどく意外だと思ったものだ。


「ライカさんの、そのリーダーとしての素質が皆さんを惹きつけたということですか?」

「あー、うん。それも間違いじゃないと思う。……でも、それだけじゃない。別にライカは完璧超人じゃなく、変に不真面目なところもあったりするからね」


 では、なぜなのか。どうして彼女らは強い絆で結ばれたのか。

 カノンはその理由をどうしても知りたかった。


「カリスマってものとはちょっと違うんだよ。頭が良くて、頼りになって、強くて。──だけど、時々ひどく脆そうに見える。ライカのそんな不自然な非対称性みたいなものが、みんなを惹きつけたんじゃないかな」

「……私には、上手く理解できませんね」


 導くものは何より強く、気高くあらねばならない。

 そんな思想を持つカノンにとっては、全くもって受け入れられない言葉だった。


「カノンとは違うやり方かもしれないね。……でも、僕はカノンも人を惹きつける魅力のあるリーダーだと思うよ」

「…………ありがとう、ございます」


 その言葉を素直に聞き入れられなかったのは、もう失敗した後だったからだ。

 けれど、翔太の自分を見つめる真っ直ぐな瞳はずっと印象に残ったままだった。

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