臨時会議
虚構対策委員会は名前の通り『虚構の浸食』がもたらす被害に対する対策を講じる政府直轄の臨時チームだ。
官僚、及び各分野のスペシャリストが集まりこの前代未聞の事態の収束を図っている。
ライカたち纏姫の管理もまた、彼らの仕事の範疇。
とは言え、彼らは現場での活動についてあまり口を挟めない。
そもそも戦場にまともに近づけないのが大きな理由だ。「
それに、『虚構の浸食』の攻勢は時に人間の想像を超える。『虚構の浸食』への対応が遅れた結果、街一つを失った事例すら存在するのだ。
有事の際には柔軟な対応力が求められる。
最も正しい判断を下せるのは、目まぐるしく変わる状況を肉眼で観察する纏姫やアンカーたちだ。
そんな教訓を得た虚構対策委員会は、纏姫と彼女らを補佐するアンカーに通常では考えられないほどの裁量権を与えているのだ。
「以上が救世カノンの主張です。我々は3日以内にチームを再編しカノンが陣地を構えた特区に突入。彼女を制圧する予定です」
最後まで言ってから、オレは小さく唾を飲んだ。
目の前にズラリと並ぶスーツの大人たちと目を合わせる。
「君の主張はよくわかったが……それなら、救世カノンを排除するべきではないだろうか」
正面に立つスーツの男が吐いた言葉に、オレは奥歯を嚙み締めた。
「それは早計です。カノンの力は『虚構の浸食』との戦いに有効です。彼女をうまく使ってやれば、多くの人を救うことができる」
「しかし、それで救世カノンが人を殺せばそれこそ責任が取れないぞ」
「──殺させませんよ」
ハッキリと断言する。
何があっても、カノンに人は殺させない。
「過去の昇天者の末路は知っているだろう。その多くの例が発狂。生還者はほとんどいない。そして、赤い目のまま正気に戻った者は誰一人いない」
カノンが過去の生還者と決定的に違うのは、赤い目を隠して普通に振る舞っていたことだ。
過去に昇天直前まで至ったオレやヴィクトリアは、現在では目の色は通常通りに戻っている。
カノンのように、昇天の証たる赤目を隠した纏姫などひとりも存在しない。
「はい、よく存じております。それを踏まえた上で、この一件は大きな転換点になり得ます。完全に
過激なメディアはそう煽り立てる。
無責任な物言いだが、それを否定できる人間は誰も存在しない。
『虚構の浸食』の出現からまだ数年。天寿を全うした纏姫などどこにも存在しない。
たとえ戦いが終わったとしても、纏姫が平凡な日常を謳歌できるか誰も分からないのだ。
「我々は
スーツの上から白衣を着た男が腕組みして思考に耽った。彼は医学分野の専門家だ。
虚勢に傾く、という纏姫の特徴は未だ医学的に解明できていない。
精神医学、心理学、脳科学。神経科学。様々な学問的アプローチは未だ発展途上だ。何しろここ数年でいきなり出現した事象であるが故、積み重ねが圧倒的に足りない。
まだ誰も解明できていないから、オレの口八丁が通じる。
周囲の男たちが口を閉ざしたのを見て、今まで黙っていた中央に座った男が口を開いた。
ずっと薄っすら笑顔を浮かべた、底の見えない男。彼こそがこの場の意思決定者だ。
「そんな理想的に事が進むと思うかい? 安心というものは積み重ねからできるものだ。仮に救世カノンを助けて学校で受け入れたとして、いつ凶行に及ぶか分からない少女は受け入れられるのかな? 君の我儘で助けられたとしても、カノンという少女は不発弾のような危険物になるのではないか?」
「……不発弾かどうかは、オレたちが判断できます」
「ほう?」
じろりとこちらを見る瞳を睨み返す。
「オレたち纏姫はアンカーと同期することで記憶や感情を共有することができます。アンカーの力を使えば、カノンが無害か確認できます」
あまり一般には知られていない知識だ。しかし、目の前の男はその程度は周知の事実として知っていたようだ。
「アンカーによる纏姫との同期は相性があるのだろう。救世カノンは西校でもアンカーと心を通わせることがなかったと聞く。今更になって接触した新しいアンカーが、救世カノンの監視役となり得るのか?」
「なりますよ」
ああ、ようやくここまで話が来たか。予想通りの展開に、オレはようやく安堵した。
答えを返す前に最大限表情を作る。嘘をつく時は大仰なくらいがいい。
口角を大きく吊り上げ、自信満々に。目は真っ直ぐに相手を見つめる。
「纏姫と心を通わすのに時間は必ずしも必要じゃないですよ。心配いりません。──オレたちフォックス小隊のアンカー、中塚翔太はそこらの男など比べものにならない、最強の女たらしですから」
「…………は?」
相手のぽかん、という顔がひどく滑稽だ。オレは隠しもせずに大笑いした。
「ははっ! ヒロインである限りアイツの手を逃れることはできない。これはそういう物語ですから!」
「……冗談を言う場ではないぞ」
苦い顔をして言った男に、オレはすぐさま切り返した。
「なまじ冗談でもないですよ。ただ、結局のところカノンと彼が心を通わせることができるかどうかは大人がまじめくさって議論するようなものじゃない。違いますか?」
「……」
その一点については、彼も咄嗟に否定の言葉が思い浮かばなかったようだ。
「子どもの可能性を信じろって話ですよ。打ち解けるかどうかは本人たち次第。でしょう?」
「……たしかに、それはそうかもしれないが」
「だから、オレたちに試させてください。オレたちのやり方でカノンを助け出す。それがダメだったら、次は大人の冷徹なやり方を試せばいい。いかがでしょうか?」
拳に力が籠る。背中に冷や汗が垂れるような錯覚。
彼らはオレの視線にしばらく思考を巡らすと、やがて先ほどの薄い笑顔を貼り付けた男を見た。
「……認めましょう。それではこうしましょう。第一陣としてあなた方纏姫による救世カノン無力化作戦を実行。作戦の失敗、または事前に定めた時間を経過した場合、現代兵器による制圧作戦を実行します。……これでよろしいですか、噓葺ライカさん?」
「はい。寛大な措置、ありがとうございます」
頭を下げる。ガッツポーズはもう少し我慢だ。
簡単なすり合わせを行った後、オレはその場を退室した。
◇
「ライカ、交渉はどうだった?」
学校に帰ったオレに最初に声をかけたのはマナだった。
「上手くいったな。だいたいオレの予想通りだ」
「こっちの提案に向こうが折れたってこと? 意外だね」
「いや、納得したフリだろう。向こうとしてもオレの提案を無下にはしづらかったから、折衷案に落ち着いたって形を取りたかっただけだ」
別にオレの言葉が彼らの意思をひっくり返したわけではない。
委員会としても、10代の少女を助ける素振りすら見せずに殺害するのは避けたかったのだろう。
彼らの行動はマスコミが常時監視している。公金で活動している以上、作戦の実施後には世間への報告義務がある。
人を一方的に殺したと報告しようものなら非難轟轟間違いなしだ。
だからこそ、「努力はしたがダメだった」という姿勢を見せたい。そういう意味でオレの提案は渡りに船だったのだろう。
そんなことを説明すると、マナは苦い顔をした。
「回りくどいね。そうならそうと言えばいいのに」
「まったくだな」
答えながらポケットに手を伸ばそうとして、慌てて動きを止める。
マナの前で喫煙するわけにはいかない。
「それじゃ、オレはちょっと休んでくるから。マナもしっかり体を休めて、万全の状態で明後日を迎えられるようにな」
作戦の決行は明後日の朝。
オレ自身も休憩しておきたい。
とりあえず、オレは煙草を吸うためにイソイソと校舎裏へ向かった。
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