第34話 やばい

 俺は自室で、目の前に鎮座ちんざしているパソコンのディスプレイを見つめる。


「…………」


 見つめながら、こう思うのだ。


「――やばい」


 自分の思考を整理した。

 冷静になって、現実を見る。

 また、同じことを思うのだった。


「やばい」


 自分の現状を考える。

 結論は、結局いつまでも同じだ。


「本当にやばい……」


 頭を抱える俺。いったい、何がやばいのか?

 俺は、今週の木曜日までに2万文字の短編小説を完成させなければいけない。

 俺の幼なじみである灰野はいの美冬みふゆが楽しめる小説を書かなければいけないのだが……そんな小説を作れず、現在の進捗はなんと0文字だ。

 我ながら、清々しいとさえ思え始める文字数。そして今日は、日曜日。


 木曜日に短編小説を見せるから、実質水曜日までに2万文字の物語を完成させる必要がある。

 今日を含め、残り4日(うち3日は学校の日)で2万文字を形にしないといけない訳である。

 あー、なるほど。

 やはり、行き着く不安の中身は変わらなかった。


「かなりやばいな。これから、どうしたものか……」


 そもそも完成したところで、という問題もある。

 土曜日、一日中頭を回し続け、美冬に首を頷かせてもらいそうなアイデアの一つすら、全く出せなかった。

 それは、現在進行形での話である。

 だから、仮に2万文字の短編小説を完成させたところで、それが中途半端な小説だったら、彼女からの肯定的な感想はもらえない。

 そういう、アイデア発想の段階でつまずいて、立ち上がれずに、今の0文字なのである。


 美冬は、俺にこう言っていた。


『いたばしこうは、今以上に面白い小説を書けない。100パーセントとまでは言わないけど、限りなく100に近い確率でね』


 嫌な話だが、今の俺には強く刺さる話だ。

 確かに、俺は最終形態にまで行ってしまった感を感じる。

 これ以上の強化は望めない。レベルがカンストしている状態。

 レベルは高くても、個体値が低いがゆえに、能力値も低い。


 いや、まだ分からないだろ――とか言いたいのだが、そうも言っていられない状況にまで追い込まれた。

 俺は今、何をすることが最善の手になるのだろうか?


仮病けびょうでも使って、学校を休んで、時間を確保して、とにかく足掻あがき続けるか?」


 それは、おそらく無理だ。

 たぶん、俺の妹の桃花ももかが勘づく。あ、お兄ちゃんが体調不良とか言っているけど本当は元気だな、と。

 そういう能力が謎にけているからな、うちの妹は……。


「じゃあ、ゴーストライターでも雇うか?」


 ⋯⋯⋯⋯。

 いや、それは冗談だが。

 しかし、ゴーストライターではなくとも、何か特別なすごい力を借りたい気持ちもあった。

 今の俺が持っている、すべてのポテンシャルを使って、俺は理想の小説を書ける気が全くしない。いくら鋼のメンタルを持っていると言われる俺でも、過度な執筆の悩みが連続して、精神が疲弊ひへいすれば、持っていた自信は消失するのだ。今がまさに、精神のすり減った状態なのである。


「いっそのこと、諦めるか?」


 ……とは、さすがに本心では思わないが。

 それは、いたばしこうの強みである訳だし。アイデンティティと言えるもの。それを捨てるなんて行為は、絶対にできない。

 でも、だ。


「諦めることは絶対にしないが、諦めなかったら、目の前の課題が解決するような、優しい世の中じゃないからな……」


 やっぱり、才能はとても大事だ。壁にぶち当たるたびに思うことを、また思う。

 ふと、天才のつじさんの言葉が、頭のなかでよみがえる。自然が創作の答えを教えてくれる、的な。そんな、雲を掴むような話を、彼女がしていたことを。

 その方法が、俺の目的に役立たないことは分かっていた。

 雨に直接打たれても、効果が無かったことで、既に実証済みだ。


 ――でも、試したのは、まだ1回だけだよな。


 たぶん俺は、現実逃避を始めていた。

 望んでしまっていた。

 俺は、本当は天才なのではないか? と。

 答えは、もう半分以上が顔を出しているというのに。

 その顔から、目をそむけたくもなっていた。

 あとは、単純に疲れていたのかもしれない。

 少し、ボーっとしていたかった。


 疲れは、ため過ぎず、取るべきタイミングで取るべきだろう。

 執筆は、本当に疲れる行為だ。

 だから、今くらいは休憩した方が良い。


 俺は、考えた。

 外の新鮮な空気でも吸って、リフレッシュしよう。

 自然と接することで、もしかしたら、自然は俺にも答えを教えてくれるかもしれない……。


「……いや」


 俺は、現実逃避して、情緒不安定になってか、結局厳しい現実が見える。


「そんなことは、絶対に起きないか」


 辻さんじゃあるまいし……だ。


「でも、散歩には行こう。ちょっとした、休憩だ……」


 外へ出る。

 夕焼けが、街中に広がっていた。

 そして、初めて気がつく。


「もう、こんな時間になっていたのか……」


 小説を書くと、色々狂う。

 時間感覚もそうだし、気だって狂うし、生活リズムだって狂うし、色々が大きく変わってしまう。

 夕日を瞳に映し、小説家が狂った職業であることを、再認識させられた。

 俺の頭には、創作の答えが降ってきたか否か…………まあ、案の定の結果なのだった。

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