第32話 休日の朝

 目が覚める。

 朝だ。

 私の部屋の時計が、7時をしている。


「なんで今更……」


 今更、一年前の出来事を、夢のなかで連想させていたのだろうか?

 私が、航大こうだいのアンチになったきっかけ。その過去を。


 私は、自分を信じている。

 私の選択肢に、間違いが無いと。

 航大は、作家を続けない方が良いと。

 そのように考えている。


「やっぱり、私は性悪しょうわるおんなのようだ」


 とか独りごとを言って、起き上がった。


「土曜日……」


 今日は、私個人としても待ちに待った日だった。

 ここは、田舎寄りの県。首都から遠く離れた場所だ。

 これが何を意味するのか?

 単純だ。私の読んでいるシリーズもののラノベの新刊発売日の三日後が今日なのである。つまり、この県では実質、今日が発売日なのだ。

 だから、私は今日、本屋へ向かい、その目当ての本を買うことを楽しみにしていた。

 何もなければ、今日の午前中にでも書店の新刊コーナーに目当ての本が並んでいるはずだ。

 私は、腕を天井に向けて、まっすぐ伸ばした。


 まだ、時間はある。

 店は、10時開店。現時刻は、7時。

 朝は読書、それが私の休日のルーティンである(昼も夜も読書をするけど)。

 その前に、朝食とか歯磨きとか、やることをやる。

 そんな形で、一日は始まった。


 私は、部屋を出る。廊下を歩き、お姉ちゃんの部屋の前を通る。

 そして、ふと足を止めた。


 ――お姉ちゃんは、睡眠中だろうか?


 もしかしたら、今から寝るところかもしれない。

 たまに、夜に足音が聞こえるし。

 1年くらい引きこもり続けているのだから、夜行性になっていても、おかしくは無いのだった。

 小さな声で、私は言った。


「おやすみなさい……」


 当然、返ってくる言葉など、何も無く……。


「何をやってるんだろ」


 そう自分で自分に思って、また足を動かす。

 朝のやる事はとりあえずやって、読書を始める。

 自分の部屋の本棚を見渡して、どの本を読もうか考えた。

 私は、フィクションとノンフィクションの二種類、どちらも読んでいるから、結果的に読みたいフィクションの本と、読みたいノンフィクションの本の、二択の中から選ぶ形となる。でもたまに、本棚を眺めていると、三択目が割り込んでくる時がある。再読本である。よくあると思う。ふと、過去に読んだ本をまた読み返したくなる瞬間。


 今日は、その三択目が乱入した日だった。

 しかもそれは。


『ネコは悪魔あくまのかぶりもの』という題名の小説なのだった。

 著者ちょしゃは――


「――お姉ちゃんの小説を、なんで今更、読みたくなったんだろ」


 ぶっちゃけて言うと、話の内容はすごく微妙な小説だ。内容が薄い、という感想が頭に浮かんでしまう物語。身内みうち目線めせんから読んでも、打ち切りになることに納得のいってしまう作品。

 その小説を、私は今、読もうと考えている。


「朝の夢にでも当てられたのか……」


 十中八九じっちゅうはっく、そうだと思うが……。

 1ページ目を、めくる。

 小説を読んでいく。

 読んで、読んで、やはりと思う。


「面白くない……」


 なんで。

 なんで、と自分に対して疑問を浮かべる。


「なんで、それでも私は、お姉ちゃんの小説を読み進めているのだろう」


 自分でも、その理由は分からない。

 意味なんて、分かりはしない。

 我ながら、不思議な行動を取っていた。

 最後まで読み終わった頃、時計に視線を移すと、9時30分が示されていた。


「出かける準備、しよ」


 私は、手に持つ小説を本棚へ戻し、着替えの用意をする。

 クローゼットから、そこそこ数のそろっている服を見る。


「今日は、この服で良いかな」


 着替えて、鏡の前に立って、自分の容姿を確認した。

 灰色のショートカット。耳元の髪は、やや長め。くれぐれも白髪しらがじゃない。そこは大事だ。しっかりと灰色の髪である。

 上半身の服は、白色の半袖アノラックパーカー。下半身は、ベージュのデニムショートパンツを着用。我ながら、インドアだからか、肌は真っ白いのだった。

 ブラウンの手提てさげバッグを片手に、部屋を出た。

 外出する。

 見た目を軽く整えていたつもりが、なんだかんだ10時過ぎに玄関の扉を開けていた。


 私の家から書店までは、徒歩で20分ほどかかる。

 そのかん、街を見て、こんなことを思う。


「昔と比べたら、景色も案外変わっていってるものだな……」


 昔というと、幼少期を想像しているのだが。

 その時と比べたら、街の風景の変化を感じる。

 昨日と今日を比べたら、大した変化など見当たらないのだけれど。

 8年前と今日を比べると、見える景色は、全然違う。

 こういう事を考えると、思う。


 ――街も、長い時間をかけて、少しずつ変化をしているんだな。


 と。

 だからなんだ、という話だが。

 それは、当たり前のことなのである。

 意味もなく、脳がそんなことを考えた。それだけであった。


 書店へ到着する。

 階段で2階へ。そこに、小説が置かれている。

 ラノベの置かれている本棚のところまで歩き、新刊の並んでいる場所を見る。


 ――買いたい本、買いたい本。


「あった」


 私は、その小説に手を伸ばした。

 すると同時に、その本に伸びる、二本目の手が現れる。

 私の手とは、別の誰かの手。

 私は、反射的に手を引っ込め、言った。


「あ、ごめんな――」


 ――さい、と言おうとしたが、言葉が途中で途切れる。

 なぜなら、だった。


「あなたは……」


 顔をあげると、そこには見知った顔がいた。

 水色のセミロングヘアの少女……。

 航大の相方あいかたとやらで、体育館裏で私の髪を白髪呼びした、あのにくき女である。

 つじしずくが、そこにいた。

 彼女は、私を見て言った。


「うわ……」

露骨ろこついやそうな態度を取るものね」


 私も、同感だけれども。

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