第13話 幸福、そして。

「じゃ、航大こうだい。また明日」


 そう言った美冬みふゆに対し、俺も挨拶あいさつを返す。


「くれぐれも俺の相方とは喧嘩けんかをしないように、という言葉は寝ても忘れないでもらえるとありがたい」

「そんなことを言っても、無駄だと分かっているでしょ。覚えてても、忠告ちゅうこくを無視する可能性が高いって」

「ある程度のブレーキは、心がけてほしいという事だ」


 彼女は、笑みを浮かべて言った。


いや


 不穏ふおんな言葉を置いて、美冬は背中を向ける。

 俺は、内心思った。


 ――ことがうまく行く世界戦はないものか。


 ここが、そんな世界戦ではない。なんて、およそ確信めいたものがあるから、朝を迎えるのに憂鬱感ゆううつかんを覚えてしまう。


 俺は、押していた自転車に乗って、自宅を目指す。

 振り返れば、今週は非常にい一週間だなと思った。

 ただの高校生作家が、有名イラストレーターと色々あって、部活を設立して、ラノベ制作を行う。過去の俺がこんなことになるなんて聞いて、まず信じないだろう。そんな週になっている。


 ――人生。何が起こるか、分からないものだな。


 と、物思ものおもいにふけっていたら、見覚えのあるシルエットが視界に入った。


 水色のセミロングヘア。顔つきの整った童顔どうがん。学校の制服に、ネイビーを基調としたブレザーを着込きこむ美少女。

 つじさんだった。


 ――これはまた、すごい偶然ぐうぜんだ……。


 と感じながら、俺は彼女に声をかける。


「辻さん、何をしているんだ?」


 彼女は、俺の方を向く。


板橋いたばしくんがいる」

「俺がいるからな」

「これは偶然か、それとも必然ひつぜんか。確率って、実はあるけど無いものかもしれないね」

「……? つまり?」

「これは、偶然とも言えるし、必然とも言える。または、偶然でも必然でもないってこと」

「なるほど、意味が分からないな」

「ちなみに、板橋くんが最初にした質問に答えるなら、私は今、自然に答えを聞いていた。おほしさまに、創造域そうぞういきを広げてもらっていたところだよ」

「…………ほう」


 やっぱり、意味は分からないのだった。


「板橋くんは、もう自宅に向かっている感じ?」

「そうだな」

「せっかくだから、近くのコンビニで飲み物でもおごるよ。最近、私の我儘わがままに付き合わせてもらっていたから。せめてものお礼って形で」

「別に奢らなくてもいいが。俺も、辻さんの提案に魅力を感じて、行動に移しているだけだしな」

「そう言わず。私も少し話したいことがあるから、その口実こうじつとしても」

「話したいこと?」

「そ。ほんの数分くらい。まあ、別に話さなくても良いことではあるんだけど、このくわしに記念して。ね」

「わざわざ飲み物までは、奢らなくても良いけど……」

「まあまあ。ほんの百何円くらいかは、課金させて」


 別に断る必要も無いかと考え、俺はうなずいた。


「分かった」

「うん、決まりだね」


 そうして、俺は辻さんと夜のコンビニに向かう事となった。

 再度さいど、自転車から降りて、彼女と歩く。


「ずっと、夜空を眺めていたのか?」

「うん。意味があるかは分からないけど、ついでに願いごとくらいはしていたよ」

「願いごと……」

「星には幸福を願うものだから。文字通り、これからの幸福を願っていたの」

「確かに。それは、昔から変わらないおこないだよな」

「そう。世界は変化を続けるけど、変化しないものもある。それは文化。私は、そんな素敵な文化にならっていたの」


 俺は、聞いた。


「例えばだが、ながぼしが落ちて、願いごとをたくして。それがかなったことはあるのか?」


 星に対してポジティブな会話をしていたのに、ネガティブな話になりうる話題を持ち込む。我ながら空気が読めないのだった。

 だが、それを聞いて、彼女が何を答えるのか気になって、質問をしてしまった。


 彼女は、答えた。


「いっぱいあるよ」

「それは、流れ星の力で叶ったものなのか?」

「分からないけど。単純に私は、物事のほとんどを成功の角度でしか捉えないから。結論的に、ほぼ全ての願いが叶ったって形で受け取ってしまうの」

「……それはまた、非常にポジティブシンキングだな」

「実際に、幸福な人生を歩んでいるのは間違いないからね。あと、不幸はつまらないものだから。あまり感じたくはない」


「でも……」と彼女は続ける。


「板橋くんの小説が一向いっこうに出なかったり、雑念の存在が創作に多大な影響を与えたりするのは、さすがに幸福な角度が見当たらない。そういう、絶対にポジティブに捉えられない概念。別の言い方をすれば、自分流儀じぶんりゅうぎのこだわりくらいはあるよ」

「それは……立派なこだわりだ」


 そんなこんな会話をしていたら、コンビニに到着して、飲み物を奢ってもらった。

 俺は、無難ぶなんに天然水を選んだ。彼女は、緑茶を選択していた。

 緑茶の色が好きらしい。

 色で緑茶を選ぶ人……初めて聞いたかもしれない。


 街灯がいとうが暗い夜道よみちを照らすなか、俺と辻さんは、コンビニの前でペットボトルに口をつける。

 辻さんは言った。


「私が板橋くんに話したい内容だけど」

「ああ」

「実は、行き道で話した内容とほとんどかぶっているんだ」

「…………」

「私の人生は今、全てがうまく行ってて面白いって、気持ちを伝えたかっただけなの」

「それは、またなんで俺に伝えたいと思ったんだ?」

「板橋くんが、私と手を組むことに、感じる必要もない劣等感れっとうかんかかえていた感じだったから。少しでも自信を持ってもらいたくて」

「それは……気を使わせてしまったな」

「小説で返してもらえれば、全然許す」

「……頑張るしかないな」

「うん、頑張るしかない」


 辻さんは、口を開ける。


「よく、何もかもがうまく行く人生はつまらない、なんてカッコつけた意見がうけど、私はそんなことは無いと思うタイプなんだ。何もかもがうまく行く人生は、楽しい程に面白い。今がその証拠しょうこ。私は、楽しいと感じている」

「まあ……そうかもな。思い通りにことが運ぶ人生に、つまらなさなんて感じなさそうだよな」

「そうだよ」


「じゃあ」と辻さんは言う。


「板橋くん。また明日ね」

「ああ」


 そう言って離れる彼女の背中は、徐々に小さくなっていく。

 俺は、思った。


 彼女は今、ことが良い方向に向かっていると言っていたが、その路線には、計算のくるいがしょうじる可能性が高い。

 なぜなら、灰野はいの美冬みふゆという存在がいるからだ。


 少し罪悪感は生まれたが、これはきっと、最強のラノベの完成のためには、必要なことだと、俺は信じている。

 そう――俺は自信を抱くのだった。

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