第11話 幼なじみ

 その後、俺はつじさんと別れ、廊下ろうかでスマホを手に取った。

 メッセージアプリを起動し、目当ての人物のチャットらんへ移動する。

 そこそこ会話をしている形跡けいせきが残るそこに、新たなメッセージを書き込んだ。


『相談がある』


 既読きどくがつくのを待ってみる。

 遅かったら、帰宅しようと思っていたが、一分もしないうちに既読の文字が出現した。

 返事が返る。


『作家人生を辞めたくなった? 私は、止めないどころか、むしろ後押あとおしするけど』


 ――酷いな。


 今、作家を辞めるつもりなんて、一ミリも無い。


 現在、俺がチャットしている相手は、俺の考える部員三人目の候補こうほだった。

 なおかつ、つじしずくとは相性あいしょうが最悪であろう人物だ。

 理由は単純だった。


 チャット相手は、、ストレートな小説の悪口を平気で口に出すからだ。

 俺の小説を幾度いくどとなくぼつにしてきた編集者に対して、わずかなりにも敵視する姿勢を見せていた辻さんだ。

 おそらくだが、好きな作家の悪口を直接耳にして、敵視しないなんて、考えづらい。


 人間のタイプ的にも、物語の好みのタイプ的にも、先が思いやられる二人なのだった。

 まあ、そんなこころよくない関係が予想できていても、彼女を採用するのには理由があってだ。


『作家は続けるが』

『舌打ち』


(無視する)


『読者の目とデザイナーの力を借りたい』

『舌打ちを無視とは。心の中で中指を立てているところだよ、今』


(…………)


『読者の目とデザイナーの力を借りたい』

『うわ、軽くあしらわれてる』


 彼女のメッセージは、続けて送られた。


『詳しい中身は、直接聞きたい。校内にいる?』

『ああ』

『桜の大木たいぼくの下で』

『了解』

『待っている』


 俺はスマホをカバンにしまい、目的地まで歩く。


 目的地は、体育館の裏側。

 時刻は、17時14分。

 建物の影に隠れた、不自然な位置に存在する桜の大木がそこにある。

 大木に寄りかかる人物が視界に入った。


 灰色の短めの髪。耳元の髪だけ、肩の位置まで伸びている。顔つきは整っており、低身長。表情には、常に笑みを浮かべており、やや細めた目つきからはひねくれていた中学時代の少年少女を連想させる。


「こんにちは、航大こうだい

「ああ、美冬みふゆ


 彼女の名前は、灰野はいの美冬みふゆ

 俺とおなどしの、おさななじみだった。

 俺は、美冬に聞いた。


「俺が聞くのもなんだが、帰宅部がこの時間まで、なんで残っていた?」


 美冬は、質問に答える。


「図書室で、勉強をしていただけ。私、優等生だし」

「…………」

「ねえ、返事をしてもらわないと、私が優等生であることを、ひけらかしているだけに見えるじゃない」

「いや、そういうつもりは無かったが」

「ふーん……死ね。なんとなく」


 ひど。

 彼女は、続ける。


「航大こそ。俺が聞くのもなんだが、って言っていたけど、帰宅部がこんな時間まで何をしていたの?」

「ちょっと、挑戦的なことをしている最中さいちゅうなんだ。だから、この時間になっても学校にいた」

「へえ、ラノベ売り上げのワースト一を狙う挑戦か何か?」

「違う」

「少年法が適用される今のうちに犯罪に手を染める挑戦か何か?」

「違う」

「人工的に下からの風を発生させて、合法的に見せかけたスカートめくりに挑戦するとか何か?」

「全部違う。美冬は、俺を社会的に殺したいのか?」

「作家的には、殺したいね」

「リアルで恐ろしいことだ」


「……いやいや、そうじゃなくて」と俺は言う。


「俺は、その挑戦の実現のために、美冬の力を借りたいと思って、声をかけたんだ」

「なるほど。私は、スカートめくりには興味が無いけれども」

「俺もスカートめくりに挑戦する気は、さらさら無い」

「じゃあ、何への挑戦に私を巻き込みたいと?」

「それは……」


 俺は、彼女に話した。

 とある絵描きをしている子と、ラノベ制作を考えていること。

 制作環境を用意するために、部活の設立を考えていること。

 そして、そのラノベ制作のために、美冬の力を借りたいこと。

 彼女は、一連いちれんの話を聞いて、首を縦に振った。


「なるほどね。まあ確かに、航大の話を聞いてるうえでは、二人だけの力じゃまともなラノベすら出来上がらなさそうだね」


 俺は返事を返した。


「そうなんだ」

「でも、その三人目は、別に私じゃなくても良さそうじゃない? デザイナーなんて、その場限りでフリーの人を頼めば良いし。作品の添削てんさくなんて、探せばそこそこの人材が出てきそうじゃない」

「いや。そこそこでは、ダメなんだ」

「なぜ?」

「しっかりと作品のしを判断できる、そしてラノベが好きな美冬じゃないと、この立場はつとまらないと思った。俺たちが作りたいのは、最強のラノベだから」


「うーん……と言われてもねー」と美冬は、口を開ける。


「私にメリットも無ければ、やる気も起きないから。今の状態では、航大の頼みを引き受けることは、無理だね」


 それは、彼女の言う事が正しいのだった。

 これで、一生のお願いだ、とか言って無理矢理にでも頼み込むものであれば、慈善事業じぜんじぎょうを強制していることと同じことだ。

 何より、そんな稚拙ちせつなアクションを起こしたところで彼女が動くはずが無いのは分かっていた。


 だから俺は、彼女に提案する。

 とある条件をけるのだ。


「俺の作家のいのち天秤てんびんにかけると言ったら、やる気が出てくるか?」


「ふーん、そこまでするんだ」と彼女は言う。

 そして、不敵ふてきな笑みを浮かべた。


「少しだけ、興味がわいてきたかな。逆に、航大が作家人生をたてにしようと思える理由が知りたくなってきた。その根拠こんきょは、相方あいかたにある感じ?」

「ああ、そんなところだ」

「相方も相方で、航大の小説を欲しがっているわけね」

「どうやら、俺のファンらしいんだ」

「それは、驚いた。色々な趣味嗜好しゅみしこうがあるもので」

「一応聞くが、いやみではないよな?」

「知っているくせに。思いっきり嫌みだよ」


 そうだろうな、と思う。

 やはり、辻さんと美冬をあまり対面はさせたくない。

 まあ、部員勧誘ぶいんかんゆうのうえでは、二人が対面しない事は不可能だから、避けられない事なのだが。


「まだ、決断はしていないけど。良ければ、明日にでも航大のパートナーと会わせてほしい。私が部員に加わったとして、活動が長丁場ながちょうばになる可能性があるときたら、私としても易々やすやすとは返事を返したくない。分かる?」

「分かる。ただし、会うなら……」

「なに?」


 俺は、辻さんへした警告と同様の言葉を、彼女へ発した。


「くれぐれも、喧嘩けんかひかえるように」

「ほう。航大の相方は、私との相性が最悪なんだ」


 そう言う美冬の瞳は、ギラリと光っているような気がした。

 気のせい……だと思いたい。

 そう思いたい。

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