道場

夏休み最終日、久しぶりに道場に行く。隣で海結が歩いていて楽しそうな雰囲気を漂わせている。かく言う俺はかなり緊張している。

しばらく歩いて道場に着いた。道場は先輩の家に併設されているのでインターフォンを鳴らす。


「よく来たな。」


「どうも。」


出てきた先輩と挨拶を交わす。


「それで、そっちの子が噂の姉かい?」


「初めまして、翔太くんの姉になりました上水流 海結です!」


豪快に頭を下げる。


「あ、ああ。覡 渚流なるだ。よろしく。じゃあ上がってくれ。」


お互いに挨拶を終えたところで、家に上がらせてもらう。先輩が飲み物を取りに行き案内された部屋に入ると、先輩のお父さんが待ち構えていた。


「来たか翔太。久しぶりだな。」


「ええ、お久しぶりです。博直ひろなおさん。」


相変わらず無精髭を生やしていて厳つい人だ。海結は少し怯えている。


「そっちの可愛い子がお前の姉か。」


「は、はい!」


「そうかそうか。まあ、ゆっくりしていきなさい。」


大きな声をあげて笑いながら去って行った。


「それにしても、ビビり過ぎだろ。」


「だって、しょうがないじゃん!」


煽るような口調で言うと、ぷんぷんと音が聞こえてきそうな程、頬を膨らまして怒った。


「上水流弟も初対面では怯えてたじゃないか。」


「そ、そうでしたっけ?」


「私は忘れもしないぞ。あの日、父さんが怖くて道場から逃げ帰ったことはな。」


会話に割り込んできた先輩から思わぬカウンターヲタくらい無事瀕死に追いこまれた。海結は笑いを堪えきれずに時々声が漏れている。


「ところで、今日は稽古を受けていくか?」


「遠慮しときます。ブランクもありますし...」


「そうか。なら仕方ないな。」


目に見えてセンパイの気分が落ち込んだように見える。先輩には申し訳ないが、もう空手はあんまりやりたくない。


「あ、あの。私空手やってみたいです。」


少し淀んだ空気が流れたが、海結がかき消してくれた。しかし、海結が空手をやりたいと言い出すとは思わなかった。運動が苦手らしいが大丈夫か?


「ホントか!昼から教えてやるからな!」


そのまま部屋を出ていった先輩は笑顔だった。普段はクールに見えるが意外と表情豊かな人だと気づいたのはいつだったか。


「ねえ。翔太くんも空手教えてよ。」


「嫌だ。俺は見学に徹するんだよ。」


いつもは俺が折れてやってるが今日は、親父も紗季さんもいない。つまり、断ることができるといつ事だ。


「翔太くんもいてくれないと不安だよ。」


「安心しろ。無様な姿勢晒したら鼻で笑ってやる。」


「安心しろ。今日はワシが稽古つけてやる。」


聞き馴染みのある渋い声に、はいとしか言えず参加することに決まった。

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