初めて見た笑顔
編端みどり
お弁当が結んだ縁
「なぁ、これ落としたぜ」
文化祭の企画が決まり、チョークで書かれた企画案を記録していると目の前にプリントが降ってきた。
「ひゃっ……! あ、あり、ありがと」
ずっと同じクラスなのに、一度も話した事のないクラスメイトにプリントを渡したら何故か怯えられた。
「キャハハ、ヤマト怖がられてんじゃん」
クラスのギャル、セイラが笑う。
「気にしなくて良いよ。あの子誰にでもああだから。なんか自信ないみたいでさ、いっつもビクビクしてんの。キッモい」
「なんだその言い方。セイラの方がキモいわ」
俺がセイラを怒鳴りつけている間に、彼女は逃げるように教室を出て行った。
「セイラ! なんであんな言い方するんだよ!」
「ごめん。だってあの子、いつも下向いてて話しかけても逃げるんだもん。私さ、嫌われてるんだよ」
「ごめんヤマト、セイラを叱っておくからカナさん連れて来て。カナさんなら多分図書室にいるよ。よく見かけるもん」
副委員長のサエコが教えてくれたので、図書室に急ぐ。サエコの予想通り、図書室の隅っこで本も読まずじっとしていた。
「……やべ、あの子の苗字なんだっけ」
仕方ない。サエコが呼んでいた下の名前で彼女に呼びかける。
「あの、カナさん……怯えさせて……ごめん」
「ひっ……! あ……あのあの……!」
「俺、ヤマト。ずっと同じクラスなんだし、下の名前で呼んでくれよ」
「や、ヤマトくんに怯えたわけじゃなくて……ごめん、私、うまく人と話せなくて」
「良かった、嫌われたわけじゃなかったんだな」
「う、うん」
カナさんのお腹が、可愛らしい音を奏でた。
「なぁ、昼メシって食べたか?」
「ううん……今日はお昼なくて……」
「なら、俺の弁当食わねえ? お袋が部活弁当作ってくれたんだけど、今日部活なくてさ。部活ないって言うの忘れてて。食わないで持って帰ったらお袋にどやされるんだよ。けど、2個食うのはきつくて。な、俺を助けると思って食ってくれねぇか?」
「……い、いいの?」
「ああ、頼む! 俺を助けると思って!」
「……あり、がと」
よっしゃ、カナさんを教室に連れ戻していつものメンバーでメシを食う。俺とハヤト、セイラとサエコは小学校から同じでいつも一緒にメシを食っている。そこに、カナさんも誘った。
「マジで連れて来た……!」
「おいセイラ、さっさと謝れよ」
「う……カナさん、酷いこと言ってごめんなさい。キモいなんて思ってない。本当にごめん」
「い、いいよ。謝ってくれてありがとう」
「これに懲りて言葉遣いを直すことね。カナさん、セイラがごめんなさい。この子、口が悪くて。私も百回くらいキモいって言われてる。こんな事言うのは卑怯なんだけど……カナさんを嫌ってるわけじゃないの。この子の口が、悪いだけなの」
「……ごめんなさい。ヤマトに怒られて気が付いた。私の口癖、結構ヤバいよね。ヤマトにお前の方がキモいって言われなきゃ、気が付かなかった」
「もう大丈夫。謝ってくれてありがとう」
「よし、さっさと飯にしようぜ。カナさん、今日はこれ食べて」
「ありがとう。ヤマトくん」
「なんで部活弁当?」
「今日、職員会議で部活ないって言い忘れてて。出来てる弁当要らないなんて言えなくてさ。こっそり食おうかと思ったんだけど、キツくて。カナさんが弁当忘れたらしいから、食べてもらおうと思って」
「ウィンウィンじゃん。カナっちラッキーだね。ヤマトのお母さんの弁当、マジで美味いんだよ」
セイラは早速カナさんをあだ名で呼び始めた。カナさんは戸惑ってるみたいだけど、嫌そうではない。
「さ、食おうぜ」
「「「「いただきまーす」」」」
「い、いただきます。ありがとうヤマトくん」
カナさんは丁寧に手を合わせて弁当箱を開け、一口食べると叫んだ。
「美味しいっ! すごい! めっちゃ美味しい!」
「でしょー! 美味いのよヤマトのお母さんのご飯」
「ヤマトくんが羨ましい!」
「分かる! ヤマトんちの子になりたいよねー!」
コクコクと頷くカナさんは、ハッとした表情で俺とセイラを見た。
「ご、ごめん。セイラさんに失礼だったね」
「へ? なんでぇ?」
「だって……ヤマトくんとセイラさんってお付き合いしてるんじゃ……?」
「は? ないない。私の彼氏はもっとかっこいいもん」
セイラは2つ歳上の彼氏とラブラブだ。卒業したらすぐ結婚するんだと。
「ちなみに私もヤマトと付き合う事は絶対ないわよ」
「そりゃな! 俺だって親友の彼女に手を出す気はねーよ!」
「サエコに手を出したらヤマトと絶縁する」
「しねーから! 睨むのやめろ!」
「ぷっ……、あははっ……ごめん、笑って……あはは……」
いつも下を向いていて、笑った顔なんて一度も見た事がなかった。この子、こんなふうに笑うんだな。
「……可愛い」
「え?」
ニヤニヤ笑う幼馴染達を無視して、弁当を食べ終わったらすぐにカナさんを連れて教室を出た。
初めて芽生えたこの気持ちを、一刻も早く彼女に伝えたかったから。
初めて見た笑顔 編端みどり @Midori-novel
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