第8話 ルートヴィッヒの報告1

 ゲオルグは、目を覚ましてからもしばらくは、日中の殆どを眠って過ごした。眠る合間に若手の竜騎士達の報告を聞き、薬師や使用人達からも話を聞いた。


 若手達からの報告の最後がルートヴィッヒだった。寝台から身を起こしてゲオルグは座り、ルートヴィッヒに近くの椅子に座るように言った。

「お前が何をしたか、その理由はなにか、きちんと説明してくれるな」

何があったかは、ゲオルグも既に把握している。ゲオルグが知りたいのは、動機だった。


 生真面目なルートヴィッヒだ。軍規違反を自ら進んで犯すわけがない。

「ゲオルグ団長とハーゲスが落ちた時点で、若手ばかりの部隊は動揺しました。アルノルトであれば、あの場で指揮を執ることもできます。本人が気づいていないようなので、それを伝えました。団長を地上で発見したとき、私以外はハインリッヒのみでした。敵は誰もいませんでした。団長の兜をかぶり、団長の竜にのった竜騎士が飛べば、彼らにはそれが団長に見えるでしょう。団長が存命かつ戦えるとわかれば、彼らを動揺させることができます。遠目であれば、味方も騙せるかもしれません。味方の士気があがります。卑怯な手をとった彼らが許せなかったのも理由の一つです。ハーゲスに提案したら、乗せてくれたので、飛びました。竜は人の言葉はわかります。トールに陣形を崩してもらって、相手の団長の首をとりました。近くにいた二人も仕留めました。あとは、命が惜しければ失せろと言っただけです」


ルートヴィッヒは淡々と語るが、あまりに無謀な行動だ。敵の竜騎士に囲まれて、ルートヴィッヒが命を落としていた可能性がある。トールもハーゲスも優れた竜だが、誰にでも、いやどの竜にでも、限界はある。


 戦場では士気も勝敗に強く影響する。上官の兜を許可なく奪い、それを被って上官と偽り上官の竜に乗って飛ぶなど、平時では軍規違反だ。だが、あの場でルートヴィッヒがそれをせねばどうなっていたか。経験が不足する若手ばかりの部隊だ。全滅していた可能性があった。


「平時ではともかく、あのような有事では、その場に応じた最適な判断ができるかどうかが、勝敗を分ける。ルートヴィッヒ、お前をどう処分するかだが、そもそも軍規違反にあたるかどうかの検討もいる。一旦保留だ」

「はい」


 ゲオルグは、緊張した面持ちのルートヴィッヒの肩に手を置いた。そのまま背まで手を回し、頭を引き寄せ、耳元に囁いた。

「よくやった」

「はい」

小さな声がした。そのまま少し力を入れても、ルートヴィッヒは抵抗しなかった。ゲオルグの肩にルートヴィッヒの頭が乗った。


「無茶をしたな。後から聞かされて、私がどれだけ心配したかわかるか。お前は自分のことは後回しだからな。何があったか聞いたとき、ぞっとしたぞ。怪我を隠していないか、あれこれ気を揉んだ。薬師に私の命令だと言って、お前を裸に剥いて、隠している怪我がないか調べろとまで言って爆笑された。薬師に竜の傷の手当を相談したそうだな。薬師はお前のことを気に入っていた。アルノルトやハインリッヒからは、お前に食事をさせている、寝台に押し込む方法もようやくわかったから安心しろと言われたぞ」


 肩に乗った頭は何も言わず、ゲオルグの言葉一つ一つに、ただ頷いていた。ルートヴィッヒは、命を狙われ続けてきた。死ねという要求ばかり突き付けられてきた。彼が生きていることを望む人がいることを、ゆっくりと言い聞かせて、わからせていくしか無いのだろう。


「私には子供はいない。お前達はみな、子供みたいなものだ。特にお前だ。お前が一番何をするかわからない。お前が一番手がかかる。私が助かっても、お前が死んだらとても悲しい。だから、無茶はするな」

ゲオルグ自身、何度この言葉を繰り返したかわからない。


「はい」

ルートヴィッヒもこの言葉に何度も頷いているが、今回も含め、無茶を繰り返してばかりいる。同期のハインリッヒの小言が増えるのも無理はない。


ゲオルグはルートヴィッヒの背を軽くたたいてやってから、手を離した。ルートヴィッヒが穏やかに、少し恥ずかしそうに微笑んでいた。

「団長が、ご無事で良かったです」

「お前のおかげだと聞いている。ありがとう」

「いいえ。混成部隊の指揮を執ったのはアルノルトです。初期の手当てはしましたが、あとはハインリッヒに任せました。団長を括りつけたハーゲスが、私に手綱をとらせてくれました」

「そうだな。でも、お前のおかげもある」

「ありがとうございます」


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