第14話 準決勝と決勝
リヒャルトは眼下で繰り広げられる試合に釘付けになっていた。準決勝、ルートヴィッヒとハインリッヒの試合だ。明らかにルートヴィッヒのほうが優勢だが、ハインリッヒが必死に食らいつき、試合が続いていた。
ハインリッヒは、リヒャルトが負けた相手だ。惨敗だった。そのハインリッヒが、明らかに劣勢だった。持ちこたえているが、力量の差は明らかだ。リヒャルトでは、ルートヴィッヒの相手にもならないことを突き付けられた。
覚悟がないならくるな
覚悟がない人はいらない
あなたとは覚悟が違う
あの日のハインリッヒや、ペーターとペテロの双子たちの言葉が、耳によみがえってきた。執務室まで案内してくれたヤーコブの姿はどこにもなかった。彼も血痕を遺して去った者の一人となったのだろうか。誰にも聞けなかった。
いずれ私のものとなるかもしれない
地面を染めた血痕を指して言ったヤーコブの言葉には、誇りはあったが、悲壮感はなかった。
眼下の試合ではルートヴィッヒが勝利をおさめ、周囲の喝采を浴びていた。リヒャルトも竜騎士だ。だが、今のリヒャルトでは彼らと並び立つことはできない。あの日、ルートヴィッヒとの手合わせで、ゲオルグが、王都竜騎士団に移動するには力量不足、さらなる鍛錬が必要と判断した通りだったことを痛感させられた。
決勝戦、誰もがいつかは来ると思っていた日がきた。王都竜騎士団副団長のルートヴィッヒは、東方竜騎士団団長に勝利し、優勝した。史上最年少で副団長になったルートヴィッヒの、同じく史上最年少での優勝という快挙に、試合会場は騒然となった。
喝采をあげ、怒号が響き、一部では殴り合いになっていた。今年はゲオルグは、怪我を理由に試合を欠席していた。昨年、一介の竜騎士であったルートヴィッヒは、準決勝で西方竜騎士団の副団長に勝利し、決勝戦に進んだ。ゲオルグに決勝戦で敗北したが、語り草になるほどの素晴らしい試合だったという。来年の決勝戦、観客たちが何を期待しているか、誰の目にも明らかなことだった。
試合後、リヒャルトは王都竜騎士団の控室を訪れた。見習い竜騎士のペーターとペテロの双子がリヒャルトを覚えていてくれたため、すんなり入ることができた。
「お久しぶりです」
ルートヴィッヒは優勝したにもかかわらず、淡々と試合会場警備の確認をし、指示を出していた。観客が無事に帰るまで、竜騎士は空から、騎士は地上で観客を誘導する。今まで誰が指揮をとっているかなど、リヒャルトは考えたこともなかった。王都竜騎士団団長は、竜騎士と騎士の頂点に立つ。周囲にゲオルグの姿がない今、今年はルートヴィッヒに一任されているようだ。
「優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
試合の結果にも、リヒャルトからの賛辞にもルートヴィッヒは関心がないかのように淡々としていた。
「あの、また一度、手合わせを願えますか」
リヒャルトからの唐突な申し出に、周囲の竜騎士達全員がリヒャルトを見た。一瞬で痛いほどの沈黙に控室がつつまれた。
「私に勝ってからにしてもらおうか」
「俺に勝ったらな」
ハインリッヒの低い声にヨハンの声が重なった。
「落ち着け、二人とも」
ルートヴィッヒの口調は聞いたことがないものだった。前回会ったときは、副団長となったばかりだったはずだ。あれから数か月たち、人の上に立つことにも慣れたのだろうか。
「今日はこのあと、祝勝会です。残念ながら出席せねばなりません。今晩何事もなければ、明日、午前の訓練の前か後に時間を割くことは可能です」
リヒャルトへは、聞きなれた丁寧な口調のままだった。
「ルートヴィッヒ!」
「副団長」
咎めるような周囲の口調を、ルートヴィッヒは軽く手をあげて制した。
「わざわざ、遠方からいらっしゃったわけですから、あなたのお申し出は前向きに検討しましょう。ただ、両竜騎士団長の許可は、あなたがとって下さい。先日、手合わせに名を借りて問題となることがありました。今は、竜騎士同士の手合わせであっても、団長への許可申請を必要です。正式な通達は、御前試合で各竜騎士団の団長や副団長が集まる今日、通知されます。あなたは第一号となるわけですね。お手間を取らせますが、両竜騎士団長への許可申請の手続きをよろしくお願いいたします」
「わかりました。ありがとうございます」
「いえ。ではまた明日にお会いしましょう」
今日は帰れ。言外に、そう告げるルートヴィッヒに、リヒャルトは礼をしてその場をあとにした。
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