けんむす

にえる

第1話

 ここはヒノ村。

 祖父が拓き、父と母が整えた小さな村。

 そんな村で俺は今日も暮らしている。


「右隣のマグが中央に行ってから2週間、特に変化はなかったな」


 畑を耕しながら声をかける。

 流れる汗をついでに拭う。


「君の友達が減ろうとも、畑仕事は減らないからね」


 返事をするのはイコ。

 俺の可愛い家族である。


「左隣のアルが勇者にホレて一緒に行ってしまった」


 朗らかな陽の光を浴びながら丸くなっているイコがちらりと俺を見る。

 尻尾がゆっくりと左右に揺れる。「小さい頃に君と結婚の約束をしていたのにね」

 ああ、人生はなんと儚いのだろうか。

 演技掛かった呟きはそんなものだとイコに切り捨てられた。


「勇者とか死ねばいいのに」


「あまり大っぴらに言うものじゃないよ 不敬罪で縛り首なんてなったら目もあてられないよ」


 父の形見の剣を持って行った今はいない勇者に文句を言う。

 いないのだから文句が言えるのだけれど。


「腕に自信のあったマグは一流の冒険者を目指して中央へ 村一番の美女だったアルは勇者のお供」


「その友人だった君は畑を耕す、と」


 切ない話だ。

 人生って本当に切ない。


「マグのギフトなら成功するかもしれないな 探索者として名声を得るかもしれない」


「アルは器量が良かったからね 勇者と結婚するかもしれないよ」


 友人たちが妬ましい。

 怨みで人が殺せたらと思えるほどだ。


「ああ、妬ましい」


「なら一緒に行けばよかったじゃないか」


 一緒に行っても死ぬだけだとわかってるのに行くわけないだろう。

 マグのような実用的なギフトが羨ましい。


「マグは加速のギフト持ち、俺のギフトは迷宮じゃ役立たず」


「ギフトが微妙なアルでも勇者にホレて付いて行ったけどね」


 勇者のお供ってなんだよ。

 俺は生きることに主を置いているのだ。


「本当に忌々しい 世界滅びろ」


「国が世界のために勇者を呼んだのに真っ向否定ってどうなんだろうね」


 正義の勇者とか眉唾すぎる。

 どうせ他国への牽制のためだろう。


「世界のためなら税を減らせ 暮らしを楽にしろ」


「民は国の財産だから、どうしようとも自由なのさ」


 シレッと言い切るイコを見るも目線はどこへやら。

 鈴を思わせる澄んだ少女の声なので腹も立たない。


「財産の管理くらいちゃんと行って欲しいな」


「金銀財宝の前では小銭なんて飾りにすらならないのさ」


 世知辛い。

 この世に救いはないのだろうか。


「生きるってなんだろうな」


「なんだろうね」


 イコには尻尾が九つある。

 月の様に静かに輝く銀色の毛がとても綺麗なキツネである。


「……幸せってなんだろうな」


「君のご飯が食べられることかな」


 イコはときどき人間の少女の姿になる。

 キツネの耳と九つの尻尾が生えている彼女はとても綺麗である。


「……恥ずかしいやつだな」


「君は難しいやつだね」


 楽しそうに笑うイコを見ると何も言えなくなる。

 俺の可愛い家族である。


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