元ネタのわからない怪談「ストーカー」
これは私が怪談をする機会があった際に、たまに披露する怪談です。
私の創作ではなく、実体験でもなく、いつかどこかで実話怪談として聞くか読むか観るかした怪談…のはずです。
しかし、最近この話の元ネタを調べようと思ったのですが、どうにも元ネタらしい話が見つからないのです。
インターネットはもちろん、利用している図書館の怪談関係の本なども読み漁っていますが、見つかっていません。
もし、この話の元ネタをご存じの方がいらっしゃったら、教えていただきたいのです。
そういう意味を込めて、ここにその怪談を文章化しようと思います。
なお、怪談として語る過程で私自身かなり脚色し変形してしまっていると思うので、元ネタからかなり変わっている可能性はありますが、大筋は合っている…はずです。
以下、その怪談です。
この話は90年代の後半に実際にあった話だ。
Aさんはアパートで独り暮らしをしている若い女性だ。
電車通勤をしており、毎日同じ時間に出勤し、できるだけ同じ時間に、同じ電車で帰宅できるようにしていた。
毎日少し残業をして、帰宅ラッシュの時間より少し遅い時間帯に帰宅する。できる限り空いてる車両を…といった程度しか理由は無いが、クセのようなもので乗る車両も毎日同じだった。
ある日、電車に揺られて帰宅していると、視線を感じたのでそちらを向いた。
男がAさんをじっと見つめていた。
40代前後に見える、中肉中背の男だ。Aさんに見覚えはない。
数メートル離れた所に立ち、じっとAさんを見つめていた。Aさんがそちらを向いても視線を逸らす事はない、むしろ目が合ってしまい、Aさんの方が顔をそむけた。
気持ち悪い人だなぁ、とAさんは思った。
次の日の帰宅の際も、視線を感じそちらを向くと、昨日と同じ男がAさんを見つめていた。
さすがに気味の悪さを覚えた。「何なのあの男?」と思う。
男はAさんが降りる数駅前で下車した。
その次の日も、次の日も、帰宅時の電車内で男に遭遇した。
男は同じ場所に立って、Aさんをじっと見つめている。
「変な奴に付きまとわれてしまった」とAさんはすごく不快に思っていた。
男はAさんより前の駅から乗車しており、Aさんのアパートの最寄り駅より数駅前で降りる。
Aさんの勤務先の最寄り駅からアパートの最寄り駅に着くまでは20分程度。
Aさんが乗車してから、男が降りるまでは10分ほどだった。
短い時間とはいえ、毎日知らない男に見つめられるのは非常に不愉快だし、恐怖を覚えた。
そんな事が数日続いたある日、試しに乗る車両を変えてみようと思った。
普段乗っている車両より、数車両離れた場所に乗ってみた。
当然ながら男はいない。いつも乗る車両より少し混んでいて、「なんであんな奴の為にこんな思いを」とこれも不愉快に思ったが、それでも少し安心した。
数分経って、車両と車両の間のドアが開いた。
ふとそちらを見ると、あの男が立っていた。
男はAさんを見つけるなり、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべた。
Aさんは男が自分を狙って付きまとっている事を確信した。それと同時に、確実な恐怖と身の危険を覚えた。
警察や駅員に相談しようか、でも男は電車の中で私を見つめるだけだ。なんて相談すれば良いのか、とAさんは悩んだ。
友人や家族に愚痴を言うように相談してみたが、「変人がお前に惚れただけだろう」「放っておけばよい」といった旨の応えしか返ってこなかった。
「ストーカー」が社会問題となり、ストーカー規制法が施行される、少し前の話だ。
さらに数日後、いつものように男の視線に耐えて電車に揺られている時だ。
普段、男が降りるはずの駅で、男が降車しなかった。
ギョッとして男を見た。相変わらず男はAさんを見つめている。
このままでは自分の降りる駅が、最寄り駅がバレてしまう。
そう思ったAさんは、本来降りる駅より数駅手前で降車した。
駅のホームを改札に向かって歩く。後ろを振り向くと、やはりあの男も降りていた。Aさんのいる方に向かって歩いてくる。
「どうしよう」Aさんがそう思っていると、幸運にも前から駅員が歩いてきた。
Aさんは急いで駅員に駆け寄った。
「助けて下さい、変な男に付きまとわれているんです」
Aさんは男を指さしながら説明した。
男は隠れるような、逃げるような素振りを見せたが、ベンチや自販機程度しかない駅のホームで、改札はAさん達がいる方向だ。駅員はすぐに男に詰め寄っていった。
Aさんは続けてきた電車に飛び乗った。
「良かった、これでアイツも懲りただろう」Aさんはそう思った。
実際、その日から男は電車内に現れなくなった。Aさんは安心していた。
さらに数日後。
帰宅途中のAさんは最寄り駅で降り、アパートに向かって歩いていた。
Aさんのアパートは駅から歩いて7、8分程度の場所にある。駅前は明るく人通りもあるが、すぐに暗い住宅街に入り、その後はたまに近所の人が歩いている程度の道程だ。駅からその道を進んでいくのも、大抵Aさん一人だった。
…そのはずなのだが、その日はAさんの後ろから一人同じ方向に歩いている人影があった。
珍しいな、とふと振り返ってみた。
あの男だった。
Aさんはパニックになった。そして安心していた自分を恨んだ。
思えば男は駅員に注意されただけで逮捕等はされていないのだ。Aさんの使っている駅を知りたければ、Aさんから隠れて後をつければ良いだけなのだ。そして今、Aさんが使っている駅は男にバレて、このままではアパートまでバレてしまう。
Aさんは慌てながらも歩みを止めなかった。懸命に気づいていない振りをした。しかしこのままではアパートについてしまう。
丁字路に差し掛かった。左にいけばAさんのアパートだ。右にいけば、車通りも人通りも多い大通りに繋がり、その大通りの信号を渡ればすぐにコンビニがある。
Aさんは右に曲がった。コンビニに行って警察を呼んでもらおう。そう思った。
しばらく歩いて、そっと後ろを振り返ってみた。
男はAさんに向かって走り出していた。
Aさんも慌てて駆け出した。「襲われる」そう思ってますますパニックになった。
「きゃー!」
「助けてー!」
できる限り大声で叫びながら走る。目の前に大通りの灯りが見えた。その先にはコンビニの灯りも見える。早くあそこに逃げ込まなくては。
Aさんは大通りに出た。信号を渡ればもうコンビニだ。信号が赤か、車が来ているか、確認している余裕は無かった。
そこでAさんの意識は途絶えた。
次に目を覚ました時、Aさんは病院のベッドの上にいた。
なぜ自分がここにいるのか、自分に何が起きたのか、Aさんにはわからなかった。
事情聴取をしたい、といって病院を訪れた警官が、Aさんに何があったかを説明してくれた。
結論から言うと、Aさんは交通事故にあったのだ。
しかし轢かれたのはAさんではない。あの男だった。
Aさんはパニックになって信号を確認しないまま車道に飛び出した。信号は赤だった。
その後ろから男が追いかけてきていた。男はもうAさんのすぐ近くに迫っていた。そしてAさんに手を伸ばし、その服を掴んだ。
そこに乗用車が突っ込んだ。
男は乗用車に轢かれて吹っ飛んだ。男に掴まれていたAさんもその衝撃で引っ張られ、道路に倒れ込んで頭を打ち、気絶した。
救急車が到着した時点で、男は死亡していたようだ。強く車に轢かれ地面に叩きつけられたと同時に、男の胸には包丁が突き刺さっていた。
男はAさんを包丁で刺そうとしていたのだ。Aさんを掴んだとき、もう片方の手では包丁を突き刺そうと構えていた。その包丁が事故の衝撃で、男自身の胸に刺さってしまった。
数日前に男が駅員に注意を受けていた事、事故の当日にAさんの悲鳴を聞いた人や、追われるAさん、包丁を持って追う男を目撃した人がいた事、そしてAさんの証言から、ストーカーとなった男が、駅員に注意された事を逆恨みしてAさんを殺そうとしたのだろう…警察は事件をそのようにまとめた。
Aさんは脳震盪を起こして気を失ったものの、とくに大きな異常はないという事だった。念のために数日入院し、さらに数日休んだ後に、仕事に復帰した。
仕事に復帰したその日の帰宅の際。
とても酷い目にあったが、これでやっと日常に戻れる。
そうAさんが思いながらアパートへの道を歩いていた時。
丁字路に差し掛かった時、Aさんは固まってしまった。
丁字路にある電柱の陰に、あの男がいた。
Aさんをじっと見つめていた。
Aさんはすぐに駅に引き返し、そのまま電車で実家に向かった。
あの男は死んだはずだ。ではあそこにいた男は何なのか。
実は自分は思った以上にトラウマを負っていて、あの男の幻覚を見たのかもしれない。しかしそうではない場合、あのままアパートに帰宅したら、今度こそあの男に住所を知られてしまう。
Aさんは結局、そこからアパートには一度も帰らず、手続きや荷物等も家族に頼んで、そのまま引っ越した。
仕事もそのまま再び休み、けっきょく復職しないまま辞めてしまった。
男に遭遇する事が恐ろしく、あの駅のある市にも、あれ以来足を踏み入れていないという。
「私はずっと、アイツに苦しめられている」
Aさんは恨みがましい表情で、そう話していた。
以上です。
元ネタを知っている方がいらっしゃったら、教えていただけると幸いです。
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