第1話『忍者伝説の始まり』

第1話その1

『本日もお疲れさまでした』


 クーラーを使用せずに扇風機で暑さをしのぐという手段でゲーム配信を行っている男性、彼の名前はゆきツバキ。


 名前に関しては本名ではなく、当然のことだがハンドルネームである。名字でもばれたら、それはそれで大変なことになるのは明白だからだ。


 配信中は特に荒れたりすることはなく、ゲームに集中し、時にはハイスコアを記録したりする。


 配信を始める際も『今回は〇〇という作品のプレイ配信です』と丁寧に説明するし、コメントにも無反応という事はない。


 さすがに炎上をあおるようなコメントも来ることが稀にあるが、それらはスルーをしている。


 そういった炎上しないようにする心がけをしているためか、配信中はいつもこうした姿勢が続く。人気の秘訣は、そこかもしれない。 



「さて、と」


 自室で配信を行っているのだが、配信用の機材は一般的なゲーム配信者と比べると、『それで配信ができるのか?』と視聴者から突っ込みが来るレベル。


 最低限のゲーミングパソコンと配信専用マイク、カメラはあるので……そういう事なのだろう。『ゲーム配信者マニュアル』の部類をチェックしたわけでもなく、これらは全て独学だ。


 配信専用のマイクはインカムタイプではなく、パソコンの置かれた机に固定されているものだ。マイクだけで数万円するシロモノなので、迂闊に故障でもしたら一大事だろう。


 このマイクに関してだけ言えば、母のアドバイスで購入。以降の配信でもマイクだけはこだわっている。雑音が混ざれば視聴者の反応が悪くなる、とでもアドバイスされたのか、定かではない。


 実際には「感情は声に反映される」という事は言われていたので、そこに注意してゲーム配信を行っている、という具合だろう。



 しかし、それでも彼の人気は比較的に高く、今回の配信も数百人レベルという同時接続記録を更新中。配信サイト内ではそこそこの順位を維持している。


 配信でプレイしていたのは、とあるロボットゲーム。配信可能タイトルという事もあって、これを選んだというのもある。


 タイプとしては対戦タイプではなく、いわゆる複数人のオンラインプレイヤーと共闘してレイドボスを倒すというハンティングタイプの物だった。


 レイドボスを撃破した際に得られる素材を使い、様々なカスタマイズをしていく要素もあるため、プレイヤーによって特色が出るのも大きい。


 ゲームの人気自体はマイナー作品ではあるのだが、配信ガイドライン的な意味でも動画サイトでは人気を誇っており、同じ作品で数百人は有名配信者が存在する。


 ツバキは1つのゲームにこだわって配信することはないのだが、この作品だけはお気に入りらしく、何度か別作品の配信を挟みつつ行っていた。



【忍者とはありとあらゆる炎上を阻止するために存在する、対電脳の刀。忍者とは悪意ある闇の全てを斬る存在でなければならない。彼らが斬るのはあくまでも悪意ある炎上であり、それ以外のものを切り捨ててはならない】


【忍者は時としてSNSの炎上を阻止する存在であり、今も活動を続けている】


【忍者が現れた時、日本のコンテンツ業界は変わるだろう。間違いなく】


 配信終了後、ツバキはゲーミング専用のスマホで『忍者構文』をチェックする。


 ここ数日間は、ある動画をきっかけとした『忍者構文』や『忍者大喜利』が拡散しているので、その手の話題を見ないことはないだろう。


「さっきのゲーム配信で使ったタイトルも忍者がらみだけど、今の時期だと忍者がブームなのだろうか」


 スマホを見る目は、流し見が入っているかもしれない。忍者がトレンド入りするのは、令和の今に限った話ではないからだ。


 特にここで深く悩んだとしても、状況が変わることがない。


 下手に感情的になったとして、炎上してしまっては周囲に迷惑をかけるのは明らかという理由もあるのだが。


 先ほどの配信をしていたゲームにも忍者タイプのロボットは存在し、カスタマイズ自体では侍タイプのロボットにすることも可能だ。


 しかし、このゲームがメジャーとなったような記述も一切ないので、もしかすると気のせいなのかもしれない。



 しばらくして、ツバキは1階の居間にやってきた。居間にある時計は午後7時を指している。


「父さんと母さんは……相変わらずかな。所で、姉さんは何を?」


 居間にはツバキよりも若干身長の高い、姉の姿があった。アスリートを思わせるような体格をしているが、彼女の本業はバーチャル配信者である。


 稀に、拡張現実のパルクールでも参加していたりするので、そういった事情でバーチャル配信者をしている可能性もゼロではないが、そういう事にしておいてほしい。


 ツバキは顔こそ出してはいないがゲーム配信を行っており、この辺りは両親の影響だ。


 父はアクション俳優をしており、いくつかの特撮作品でレギュラーもしていた中堅クラスの人物。母はゲーム作品中心ではあるが、声優をやっている。


 ゲーム作品といっても一般向けソーシャルゲームが中心で、地上波でやっているようなアニメでは見かけない名前ではあるのだが、こちらに関しても……以下同文。


 それを踏まえれば、ツバキが最初からハンドルネームで名字を出したがらないのも裏付けるだろう。姉の場合は、本名にかすりもしないような名前で配信をしているが。


「パルクールをやっている知り合いがね、この番組に出るからチャンネルを回したところ」


 居間のテーブルには夕食を片付け終わった形跡があり、それとは別に600ミリリットルのコーラのペットボトルが置かれている。


 さすがにピザのデリバリーはしていないが、近所のスーパーで買ってきたような半額シールの貼られた菓子パンがここぞとばかりに山となっていた。


 合計で500円以上はするであろうものが、400円分置かれている……という事でご理解いただきたい。


 種類を見れば、焼きそばパン、メロンパンといったようなものもあるが、それらのいくつかにはシールが付属しているものだ。


 そのシールも、自分の父が出ている作品の物ではあるが……心境は複雑というべきか。


 これを、さすがに姉が一人で食べるわけではない。今は自分の部屋でUHF局放送の特撮番組を見ている妹も、いくつかの菓子パンを持ち帰っていた。


「四半世紀位続いている、あの番組か」


 ツバキも他局を回してもいくつかは似たようなバラエティー番組だらけだったので、チャンネルを変える気にはならなかった。


 そういえば、あの特撮番組の再放送が今日だった気がしたので、それを踏まえると妹が居間にいないのはこの為。



 とあるロケ地に建てられた様々な障害物、全4ステージを制覇できたものには賞金と共に称号が贈られる、究極の障害物競走。


 それが、まさかの四半世紀近くまで続くとは正直に言って、誰も思わなかっただろう。


 しれっとだが、海外でも類似フォーマットで大ブレイクし、本家への参戦を希望する海外参加者も多い。


 ある者は人生をかけ、またある者は出場したことで新たな道へ進む事になった者もいる。


 今や拡張現実を使用した障害物競走、もしくはパルクールが動画サイト上で話題となっている中でも、いまだにリアルが求められる証明といえるかもしれない。


 この競技にはとある忍者の名前が使われているらしいが、イラストサイトなどでは誤認識されやすい傾向にある。



「スポーツ競技も様々あって、参加者も色々いるのは不思議じゃないけど」


 姉の方も実は数年前に、この番組に出たことがあった。


 その際はステージ2途中で時間切れという結果。初出場でもステージ1で脱落する参加者が非常に多い中で、好成績を記録する。


 中には同局の他番組宣伝枠で参加するような人物もいた中で、彼女の活躍は衝撃を持って迎えられたのは記憶にも新しい。


 初出場でもステージ1をクリアできれば、SNS上でも一定の評価をされるという事を踏まえれば、初出場でステージ2は相当だ。


 姉は、この回以降は出場せず、拡張現実のパルクールに転向、今はバーチャル配信者とパルクールプレイヤーの二足の草鞋を履いて活動をしている。


「こちらに関しては、スポーツ選手でもステージ1を余裕でクリアできないだけ、難易度はけた違いなのよ」


 すでにペットボトルのコーラを1本開け、それを飲みながら発言をするが……その内容が酒で酔っ払っている人物のそれだ。


 いわゆるプラシーボ効果、思い込みでコーラを飲んで酔っ払っているかのような発言をしている。


 ツバキのスルー能力は、この姉の言動で慣れているところに由来するのかもしれない。


「なるほど、ね」


 ツバキはテーブルに置かれたカレーパンの袋を手に取り、その後はキッチンでインスタントコーヒーを淹れる準備を行い、競技が始まるのを待つ。


 番組に興味はないのだが、忍者というワードも気になって視聴することになったが、実際は姉に付き合うというのが有力かもしれない。

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