希死念慮にはこういう使い方もあるんだ

昨今、希死念慮という言葉が良く使われる。
それは某愛媛な人魚だったり、電子の歌姫のソシャゲだったりと多岐にわたるが、いずれにも共通しているのが、いずれもそれをとても高尚なものだったり、重苦しいテーマとして扱っている点だ。

この風潮は精神的に苦しんでいる人々にとってはある手の救いとなり得る(強い共感と仲間意識を呼ぶ)。
一方で、過度に美化された「病み」が魅力的な存在として、かっこいい、美しいものとして扱われかねないという問題を孕んでいる。

本作「死にたいちゃんと死なせないちゃん」において、この「希死念慮」というテーマは、その根幹にある自己肯定感の低さという問題に向き合いつつも、コメディ的な百合を描写するためのエッセンスとして扱われている。

またそもそも、「死にたいちゃん」という少々茶化した表現を用いることで、希死念慮という言葉そのものに存在する重苦しい、かっこいいという雰囲気を伴っていない。
本作の主人公有理はアホの子であり自己肯定感も低く、そのために自殺を決意する。この思考回路は非常にカッコ悪く、それでいて自殺という結論を除けばある程度誰しもが考える漠然として不安と根っこを共有している。
この作品は自殺願望という扱いに困る食材を、夜食のクラムチャウダーに変化させた稀有な作品だ。
クラムチャウダー美味しいよね。

コメディ的な自殺願望百合というジャンルはお世辞にも隆盛を極めているとは言えないが、この作品がその発展の一助になる事を強く望む。