第13話逃散

 大将が敵前逃亡をしたにも関わらず、劉備軍(もう大将はいないが)の士気は燃えさかるかのごとく上がりっぱなしである。

「さすが大兄」

「さすが殿、雑兵が死んでも一向にかまわないが大将が死んではそこで終わりだからな」

 関羽と張飛が口を揃える。そうか、そういう考え方もあったのか。


「飛よ、ここは私に任せて奥方さまや若さまをお守りし、落ちろ」

「酷いですぜ雲長兄貴。俺も呂布の首を狙っているといったではありませんか」

 関羽がまたもや大喝を上げる。

「お前はつい先日も奥方さまと若さまをお守りするのを失敗した。その汚名を返上させてやろうというのだ。兄の心遣いがわからんか!」

 関羽は獲物の青龍偃月刀を張飛の首筋に向けた。

「わかったよ、俺は過去の失敗を雪ぐ機会を得られたということだな」

 張飛はこれまた自分の獲物、蛇矛で首に向けられた青龍偃月刀を払う。

 ちなみに蛇矛はこの時代ではまだ作るのは無理だと実は言われている。


「呂布よ、きさまは我が兄・劉玄徳の兄を自称しておる。それであれば私もきさまの義弟ということになるのかな」

 関羽の舌鋒は鋭さを増す。

「だが、たとえきさまが兄であっても討てば史書は私を正義と書くであろう」

 関羽は歴史書の春秋左氏伝しゅんじゅうさしでんを暗誦できるほどの歴史マニアだ。

 彼も糜竺と同じく劉備に従うことによって史書に名を残すことが望みの一部なのであろう。

 そしてその足がかりを根本的に崩した呂布への怨みは相当である。

「なぜならば、きさまは2度も義父を殺し、曹操の兗州えんしゅうを奪い、そしたまた劉玄徳さまの徐州をかすめ取ろうとする悪党であるからだ」

 これは関羽は論破しようとしているだけではなく、自分の台詞に酔っているんじゃないか?


「それがどうした!?」

 関羽の論は呂布にとっては長ったらしいだけで頭に入ってこなかったらしく、ただの一言で返された。

「力を持つものが民衆を支配し、土地も支配する。食わせる民衆が多くなり、その土地の規模が大きくなったものが皇帝となるのだ」

 なんか呂布の方が真理を突いているような気が……

「ほざけ!」

 関羽は馬を奔らせ呂布に一直線に向かって行く。

 ほうこれが本物の一騎打ちというやつか。


「若さま、雲長兄貴が時間を稼いでいる間に落ちますぞ」

「落ちるとは今度はどこに逃げるのだ」

「父上さまはおそらく曹操のもとに逃げ込んだはずです。我らも曹操のもとへ落ち延びましょう」

 張飛は小さい劉操を自分の馬へとさっと引き上げ、そして馬の脇腹を蹴った。

「皆、西へ落ち延びるぞ。目指すは兗州の曹操である」


 劉操は次第に離れていく関羽と呂布の一騎打ちを目に焼き付けた。

 一合、二合、そして十合経とうとも決着は付かない。

 関羽はやっぱり傲岸不遜で頭がまわるだけではない。しっかりとした武力も持っているのだ!


 しかしなんでこの二人は敵前逃亡が趣味のような父が長兄で義兄弟になることを承知したのだろう。不可思議でたまらない。

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