第2話 兄の悪友、統治者の右腕
後で
城下町で馴染みの店の友人に挨拶をしつつ、城へと向かった。『魔力調整検査』は、城のさらに奥にある別館で行われる。
門の両端には、昨日と同じく見張りの者がいる。今日は二人ほど人数が多い。恐らく検査があるせいだろう。
「矩だ」
見張りの者の一人に名前を告げ、一枚の紙をもらう。これが診察券代わりとなる。
暫く歩くと見慣れた別館が見えて来た。ここにもいる見張りに先程の紙を見せると扉を開いてくれる。
建物の中に入ってすぐの玄関ホールには、すでに何人かが集まっていた。毎回メンバーはほとんど変わらないので全員の顔が分かってしまう。今のところ矩より若い者の姿はない。
右端の階段には、手摺に凭れ掛かるようにして
「おう、矩。久しぶりー」
突然後ろから肩を叩かれた。振り返らなくとも、その陽気な声で誰か分かった。
「
金髪の少年がにっかり笑って矩の前に回り込む。彼は三つ上の
「元気だったー?」
「まあ……。凩も元気そうだな」
「あったり前でしょ。オレは年中元気だから!」
快活に笑う彼は本当に明るくて楽天的な思考と性格の持ち主である。見るからにおめでたい。
だが彼の家系は代々統治者の右腕に連なり、これまでに多くの功績を残して来た。凩もまた、今の統治者――つまり刃璃――にとって、なくてはならない存在である。
「樹氷の待ってたヤツがついに来たんだって?」
彼の声のトーンが下がった。恐らく周りの者を気にしてのことだろう。
「……露草のことか」
耳が早い。いや、統治者の側近ともなれば当たり前か。
「樹氷に似てるんだってな?」
「似ているところもあるが……性格は全く違うぞ」
「マジ?」
「家事と料理ができる。あとは美人だ」
「そりゃ樹氷とは似てねえな」
凩が愉快そうに笑う。
「近いうちに会ってみてえな。『魔検』終わってから会いに行こうかなあ」
「今日は兄ちゃんの好きな桜を夕凪と見に行っている」
「矩も行くんだろ?」
「まあ……」
答えつつ、まさかという考えが頭を過ぎる。矩が訝し気な視線を寄せるのをものともせず、遠慮なく彼は言った。
「じゃ、オレも連れて行ってよ」
「……良いけど」
矩は眉を寄せ溜め息を吐いた。この男は一度言い出したら聞かないところがあるので、特に問題がない場合は早々に諦めるのが賢明だった。相手をするのが面倒臭い。
凩は「早く終わらないかなあ」とぶつぶつ言っていたが、ふいに真面目な顔で矩に向きなおった。
「それはそうと」
「何だ?」
「お前まだ魔力使えないのか」
矩の胸の奥で心臓が音を立てた。
「――ああ、使えない」
「そうか……」
凩はどこか遠くを見るように矩から視線を逸らした。
「でも、そうも言ってられなくなるかもよ。これから先」
「……」
そんなことは分かっている。
矩は呼吸の乱れを落ち着かせるようにゆっくり息を吐き出した。
「――じゃ、また後でな」
凩は手を振って、どこかへ去って行ってしまった。
***
『でも、そうも言ってられなくなるかもよ。これから先』
凩のこの言葉は正しい。この世界の存続が危うい今、魔力を持つ者が魔力を使えないでどうするのだ。しかも、矩は並の者よりも強い魔力を持っている。
しかし矩は魔力を使うことを恐れていた。やっと自分の命を維持するための制御ができるようになった今、改めて自分の力がどれほどの威力を持っているのか、考えるだけで鳥肌が立った。
そして、矩を一番縛り付けているのは両親の死だった。
矩が十歳の時。今まで鍛錬で抑えられていた魔力が急に抑えられなくなった。父親が傍らで必死に矩を落ち着かせようと努めてくれたが、まだ幼すぎた矩は冷静になれなかった。
初めて抑えられなくなった力に戸惑い、頭の中はパニック状態だった。放散された魔力は周りの植物を次々と枯らし、岩をも砕く。それを目の当たりにした自分はますます混乱を極めた。
父親も驚いていた。自分より強い魔力を持つ娘に戸惑いを覚えたそうだ。だが、母親の方は決して冷静さを失わなかった。
そのおかげで次第に矩は落ち着きを取り戻した。だが、その際に両親が受けたダメージは思いの外大きく、医師には回復までに数日を要すると診断された。
そんな折に、この世界に異変が起きたのである。
黒い煙のようなものがこの世界全体に広まり、その煙は魔力のある者を煙の中に取り込もうとしていた。
当然、矩の所にも煙は寄り付いて来た。魔力の強さに関係するのか、それは濃くて大量だった。
矩は恐ろしくて煙を前に硬直してしまった。もうすぐ目の前に迫る煙に思わず目を瞑ってしまった。
助けて――そう願って。
次に矩が目を開いた時、両親が横たわっているのが見えた。その傍らには、背の高い男性が立っていた――当時の統治者だった。
「……遅かったか」
(え? 何?)
気付くと体がガタガタと震えていた。
「――矩」
後ろから兄に抱きしめられた。隣には夕凪がいて、矩の手を握ってくれた。
「……っ、父上と、母上は、どう、なったの……?」
兄を振り返り見上げると、彼は唇を噛みしめていた。答えを聞かないうちに、矩の頬を勝手に雫が伝っていく。
「矩。君の父上と母上は死んだのだよ。君を守って」
統治者が苦々しい表情でそう言った時、矩の頭の中はすでに真っ白だった。
しかし、両親が死んだことは変えようもない現実だった。
後で夕凪に聞いたところによると、統治者は彼のほぼ全ての魔力をもってして煙を消したそうだ。だが完全に消え去るまで、両親の魔力はもたなかったのだと。遺体が残らなかった者もいることを考えると、まだ幸いだったと言えるかもしれない。
それから矩はその時のことを思い出す度に思う。
自分がきちんと落ち着いて魔力と向き合えていたら、と。
あの時両親がもたなかったのは、自分のせいで魔力が弱まっていたからなのだ、と。
それから魔力を抑えることしか考えなくなった。兄や夕凪までいなくなってしまったらどうしようと不安で、とても魔力など使えなかった。というより、正しい使い方さえ分からなかった。
どうして魔力なんて持ってしまったんだろう。
魔力なんてなければ良かったのに。
***
検査はどこも異常なところはなく、無事に終了した。矩はとりあえずほっと息を吐いた。
「矩」
別館を出ようとした所で刃璃に声をかけられた。
(うわ、ツイてない)
「何だ」
矩が遠慮なく表情に出すのを気にせず刃璃は訊ねた。
「露草は元気にやっておるか?」
「……まあ。それが何か?」
昨日の今日で特別変わったところはない。しかし異世界からの選ばれし者だからか、随分と気にかけてもらっているようだ。
「いや、元気ならそれで良い」
刃璃は微笑んで矩に背を向けた。何だったんだ、今のは。
「へえ、刃璃がお前に声をかけるほどとは随分と気にかけてるんだな」
「凩」
いつの間にやって来たのか、気付くと横に凩が立っていた。
「もしかして刃璃もついに恋する乙女になったとか?」
「……バカバカしい。あの刃璃様に乙女心? 初めて聞いた」
矩にとっても恋やら乙女心やらは縁遠い言葉である。
「でも露草って美人なんだろ? オレ男に興味ないけど惚れちゃうかも」
凩の本気か冗談か分からない言いように矩は溜め息を吐いた。
「――じゃあ凩の待ち遠しいヤツに会いに行きますか」
「おう! 出発出発―!」
笑顔満面の凩を見て、矩はもう一度溜め息を吐いた。
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