青春の呪い

あしゃる

第1話

 頭が痛い。

 ずり、とブランケットを落としながら身を起こす。

 窓から見える空は底抜けに青くて、眩しくて、ぼくの目を刺し貫いた。


 「………いた


 体が重い。重力に従って、ベッドに身を投げ出したい。このままなら、多分素直に寝れるだろう。それこそ、眠り姫みたいに。

 それが許されるなら、どんなに嬉しいことか。


 「……ぁあ、だる」


 鳴り続けているアラームを止めて、ベッドから降りる。ぼくの体に巻き付いていたブランケットがずるり、と床に落ちた。拾うのも面倒なので、そのままにして部屋から出た。


 よたよた、ゾンビみたいに歩いて洗面所に辿り着く。ぱちん、とスイッチを押すと太陽みたいな光が付いて、洗面所が明るくなった。思いの外光が強くて目を閉じるが、瞼の裏にも光が焼き付いたようで、眩しかった。


 「はぁ……あ゛」


 ため息とあくびが混じった声を吐き出して、新鮮な酸素を吸い込む。微睡みに浸っていた脳が冴え、思考が廻り始めた。


 鏡に映る自分はいつもと変わらない。そのことに少しがっかりしながら水道の蛇口をひねり、丁度良い水圧に調整して、顔を洗う。


 「………………ふぅ」


 冷たい水が緩んでいた意識を引き締め、完全に目が覚めた。


 「よし」


 今日も、いつも通り。

 鏡の中の自分は、笑っている。



◯◯◯



 リビングに用意してあったおにぎりを食べつつ、学校へ行く準備。筆箱、ノート、教科書、ファイルなどをリュックに入れる。最後に、部活動用の着替えを入れて、準備完了。


 「いってきます」


 誰もいない部屋に向かって言い、玄関を出た。


 「はーあっつ」


 快適だった部屋から、一気に気温が高くなる。洗いたてのシャツがすぐに汗でびちょびちょになり、肌に張り付いた。学校までは歩いて15分ぐらいだから、この地獄みたいな気温とは少しのお付き合いとなる。


 「………ア〜本ッ当最悪だ〜〜」


  もうずっとこの気温。5月ぐらいから暑かった。そっから段々温度上がってくし、本当に暑い。7月つったってまだ朝の8時だぞ?地球狂ってんのか?

 日が当たっているところは立っているだけでも焦げそうなので、なるべく日陰を歩く。日陰でも、十分に暑かった。


 「マジ地球バカ、ほんと馬鹿。………こんなにした人間バカ、マジ一回滅べ……」


 自分も人間だけど、本当に人類一回滅んだほうがいい気がする。それか人口増加を止めたがいい。じゃなきゃ地球環境悪化する一方だろ。何がSDGsだバーカ、そんなん本当に世界中が協力すれば一瞬で解決するだろ、今全く進んでないのは協力してない所があるってことだろ。一つが頑張っても大多数が本腰入れてやらなきゃ意味ね―んだよ、早くその事に気づけバーカ。SDGsを盾に意味わかんない理論持ってくるやつだって居るんだぞ、世界的ゴールが大義名分に使われてたら世話ないんだよ。


 汗が滝のように流れる。体中の至る所から水分が流れ出て、なけなしの元気も流れ出ている気がする。このまま地面に溶けて、蒸発して消えてしまいそうだ。

 汗を垂らして、うだうだと通学路を歩く。途中から同じ制服を着た人もポツポツと現れだして、そろそろ学校が近い事がわかる。

 あと少し。あと少しこの地獄を耐えれば、あとはクーラーの付いた教室てんごくが待っている。そう思って、気合を入れ直していると。


 「ヨ、元気か」

 「あきら………。元気に見えてるのか?」


 同じ部活で、同じクラスの長峰ながみね あきらに後ろから話しかけられた。彼は今日も飄々としていて、暑さなんて一切感じてないような顔をしている。あとイケメン。ふざけんな。

 ヤ、全くそうはみえねーナ、と央は笑いながら横に並ぶ。そのまま、一緒に学校へ向かった。他愛もない話をしながら。


 「全国大会もそろそろか〜。なあ央、ダブルスどこまで行けると思う?」

 「先輩達なら運が良けりゃ優勝、悪くてもベスト16じゃねーの?あとは直也なおやと、副部長のメンタル次第だろ」

 「だよな〜」


 こんな感じで学校についた頃には、全身濡れ鼠だった。チョ、お前濡れすぎwww、という央の笑い声は無視して、家から持ってきたタオルを使って汗を拭く。体は乾いたが、今度はタオルがびちょびちょになった。雑巾絞りしたら、汗が出るぐらい。乾かす場所がないので、たまたまリュックに入っていたビニール袋に入れて着替えに突っ込む。家帰ったらすぐに洗おう。


 「っは〜〜生き返る〜〜〜」


 教室てんごくに飛び込むと、よく冷えた空気が体を包んだ。さっきまで火照っていた肌が急激に冷やされて、気持ちいい。もうずっとここに居たい。


 「早く中に入れー邪魔」

 「ごめんごめん」


 入り口で冷気を堪能してたので、後ろに居た央の苦情が入ってしまった。すぐに中に入り、自分の席へ荷物を置きに行く。

 ドサッ、と音を立ててリュックを置くと、体が軽くなった。まるで羽が生えたみたい。


 「………待って、今なら空飛べるかも」

 「よしじゃあ行け、どこまでも行ってこい。そして帰ってくんなお前は自由なんだから」


 心理に気付いた、という顔をして呟くと、隣の席の女子から辛辣なリプをいただいた。冗談なのに、なんか扱い酷いなんだが。

 それはひどくない?そう聞こうとして、がらっ、と勢いよく開いた教室のドアに意識が逸れる。そこにいたのは、肩で息をしている後輩の藍染あいぞめ いとサンだった。

 彼女はまず央がいることを確認し、次いでコチラがいることを確認する。そして、鬼気迫った表情で、


 「長峰 央、笹田ささだ 勇気ゆうき!2人とも何やってんすか、今日は8時半までにコート集合ですよ!?早く着替えてきて下さい、センパイ達みんな待ってます!」


と叫んで、走って消えていった。央は爆笑しているが、何が何だか分からない。


 ……………エ、ぼく何かやらかした???

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