第17話 面会一(直美)

 手紙のやりとりなら、自分を自分が好きなように見せることもできたが、いざ面会となると、どう振る舞えばいいのか、湯田もいささか迷った。

 この養女は、養女というのが、笑わせるが、知りたいことは、俺がどうして、あんな事件を起こしたのかではない。そんなことは、裁判を傍聴していればわかる。あの事件に見合うほどの原因、動機、それを形作った家庭環境、それも検察は調べた。

 強姦したのは、性欲の満足のため、殺したのは、その犯罪を知られないようにするため、連続で姦ったのは、それが、手軽な手段だったからだ。

 「俺に聞きたいのは、家庭のこと、生育環境?ああ、それよりなぜ、あんなことをしたかってこと。俺にもわからない。もし、あの時に戻れるのなら、今からでも戻りたい。しかし、戻っても、やはり、行きつく先は同じかな」

 やはり湯田は諦めていた。直美は、湯田が話すままにしておいた。

「被告の性格特性として、自尊感情が育まれていない。そんな説明は、あきるほど聞いてきた。自分は愛されている。存在する価値があるなんてことは、思ったことがない。そんなことを感じて育ったなんて奴がいるんだろうか。少なくとも、俺が今まで生きてきて、そんな雰囲気を漂わせている奴は居なかった。そんな奴らがいたとしても、付き合っていないから、いるかいないかもわからない」

 湯田は止まらなかった。

 「親が親でない。俺は、いわば強姦で生まれた私生児さ。表と裏の使い分け、へつらい、ごまかし、ありとあらゆる悪徳の大鍋、自己肯定感なんて、育つわけがない」

 ここまで話して、さすがに湯田は、一休みしたいと思ったようだ。

 「湯田さんは、一応、私の義父ということになったんだけど、今まで通り、湯田さんと呼びますね」

 「ああ、湯田で全然構わない。言われなければ、あなたが義理の娘だとは、思い出さかった」

 直美は、自分がクリスチャンの家庭に育ったことを話した。貧しくもなくもちろん豊かでもなく、普通のサラリーマンの家庭の子として育った。たしかに、自尊感情があるかと聞かれて、あるとは答えられるが、豊かな愛情に包まれて育ったという記憶はない。

 湯田は、自己肯定感という言葉を聞いて、すぐには、反応しない彼女を自分の仲間と見た。

 「宗教教誨というのは、知っているね。気晴らしになるかと思って、今度、仏教とキリスト教の両方で教誨を受けることにした」

 死刑囚との面会としては、まあまあのスタートかな、これからどう展開するかは、誰にも分からないが。そう、養女「直美」は、思った。



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