邪魔をする祖母
ボウガ
第1話
地方都市のオフィスで働く女性Aの話。
Aが高校3年生の頃、実家、2階建ての一軒家の二階にすんでおり、受験勉強でいらだっていると、同じ二階の端、父の部屋から怒鳴り声が聞こえたりした。
「もっと勉強しろ!!」
「集中しろ!!」
それは、子供の頃からきつく言われ続けてきたこと、父はストレスがたまると思い出したように自分にきつくあたる、暴力こそふるわれなかったが昔から遊ぶことも許されず椅子に縛りつけられたり、部屋に隔離されたりして、父親から虐待まがいのしつけを受けた。そのころ父親は鬱で休職中。仕事を転々とした先で、ついに父親は家族にその理由を自白した。
「最初の会社でうけたパワハラのせいだ……そのせいで、おまえにも強く当たってわるかった」
最初の会社といえば、Aが小学3年生頃まで勤めていた会社だろう。鬱になってからは国の支援制度をうけながら病院に通ったり援助をうけたりするが家にいることが多く、昔のクセか常にイライラしてものや、直接ではないがAにあたったりする。
さらに問題だったのは、祖母だ。自分が子供の頃からいたずら好きでこれでもかというくらいに笑顔をふるまう。その笑顔がはりついたような、芯から笑ってないような感じで常に不気味だった。
母親は昔から気弱で献身的で、真面目、どこで息抜きをしているのかと思うくらいはりつめて、過労で倒れないのが不安なほどだ。だから彼女は母親のために、将来少しでも楽をしてもらうために、感謝をして勉強をしていた。その邪魔をするものがいまあらわれた。
父親が叫んだ。
「なんでこんな問題もとけねえんだ!!」
その瞬間、祖母が部屋の扉をあけた。
「ドン!!」
そして満面の笑みでわらう。
「Aちゃん、ストレスたまっていないかい?お茶でもどうだい?お菓子はどうだい?」
祖母がもってくるお茶やお菓子は、なぜか日がたって変色したものばかり、そんなもの口にしたくもない。
「お祖母ちゃん、どうしてなの……静かにしてっていってるのに……」
「聞こえないねえ……どうしたんだい?」
祖母は自分の返事に腹をたてたのか、ドスドス音をたて、ふふふとわらいながら、走り去っていった。
これだけならまだいい。祖母は自分が気が付くと行く先々に現れる、自分が夕食の当番のきキッチンにいたり、風呂やトイレにいくと出るたびに出口にたっている、そして自分が驚くとケタケタ笑う祖母。気味が悪いし、意味がわからなかった。
「ストレスが溜まってないか」
というが父の事もあるが、あんたが一番やばい、と思っていた。
ある日の事、いつもとはちがって静かな日だった。その日は母がおり、時折悲鳴のような喚き声をだす父を介抱したりする。Aはつぶやく。
「よくあんなのに付き合って狂わないな」
珍しく休憩がてら机に突っ伏していた。ふと顔を上げた時に、その横からのっそりとだれかが顔を出す。
「!?」
それは祖母だった。年甲斐もなくひょうきんにわらいながら、机のふちをつかみ、のっそりと顔をもたげる。
「ちょ!!」
「……お茶しないかい?」
「ちょっと!!!気味わるいな!!いい加減にしてよ!!」
「……」
怒鳴ってしまったのもあり、部屋にいられなくなり飽きれつつ、階下のリビングを覗きにいくと、まずい事に母親がねていた。そして、父親の部屋から母を呼ぶ怒鳴り声がする。
「○○~!!○○~※母の名前」
やがてその怒鳴り声が大きくなり、次にAによびかけた。
「A!!!勉強しろ!!将来パパみたいになりたくなかったら、もっと勉強しろ!!!早く、もっと、誰よりも!!友達なんていらない!!恋人なんてつくるな!」
嫌気がさしてベランダに、するとベランダで、祖母が洗濯物をほしていた。そして振り返りながらにっこり笑いながらいった。
「Aちゃん、勉強はいいのかい?」
「どいつもこいつも!!」
やがて、部屋にこもり耳を塞いだ。ラジオを大音量で流し、現実をごまかす。
「受験勉強くらい静かにやらせてよ!!」
涙をたっぷり涙袋にかかえて、彼女は体育ずわりで部屋の扉の前で部屋にバリケードをつくった。
それでもまだ、耳の中で声が響く。
「A!!俺の言う事を聞け!!誰がここまで育ててやったと思っているんだ!!水をもってこい、水を!!」
(うるさい……)
「A!!お前はあの上司と同じなのか!!このパワハラ野郎が!!」
(うるさい……)
と、日差しがさす窓ぎわに、何者かの気配を感じて、Aはそちらをみあげる。そこには祖母の姿があった。にっこりと、またはりついたような中身のない笑顔で笑っている。どこかに隠れていたのだろう。これくらいの奇行は不思議ではない。
「Aちゃん?私と一緒に外いこう」
「なに?祖母ちゃん」
「外だよ、なんであんな子が育ったのかねえ、それにそうさ、なぜその耳に、耳を塞いで声が聞こえると思う?」
「なんで?」
「それはね……あの子が、すでに死んでいるからだよ、あんたは幻覚を見ているのさ、心の病だね、受験勉強でストレスもたまっているのだろう、外で、良い空気を吸おうよ」
ぞっとして、振り返る。確かに思えばいくつも自殺未遂を繰り返していた。開けた扉。
「シーン」
父はほとんど母親と会話しかしていないし、ほとんど部屋からでない。もし母親が耐えきれず父を殺害していたとしても、違和感はない。
ふと恐ろしくなって部屋を飛び出して二つ隣の父の部屋に急ぎ、扉を開ける。その時ふと、扉の下方、隅のキズと血痕がきになった。
(確か、父も祖母にひどい扱いをうけていて、一度喧嘩をしたときに父がここに頭をぶつけたのだときいたことがあったな……)
部屋の中に目をやる。散らかった食器や衣類、ゴミ袋、机に突っ伏して、文句をいっている父の姿があった。
「おお、A、水、もってきてくれたか」
Aは背後に気配を感じて振り返る。するとそこには、老婆の姿があった、がっとAの手を掴んでいった。
「ホラ早く、逃げなきゃ、部屋の奥をみなさい、あそこにお札があるでしょ」
「お札?」
確かに見るとそこにはお札があった。
「A、何を話しているんだ?」
祖母の腕の力が強くなる、痛い。痛い、そう思って勢いよく振りほどいて叫んだ。
「もういい加減にしてよ!!!あんたも!!父さんも!!私はお母さんみたいになりたいだけなんだから!!お母さんがいなかったらこんな家とっくにでている!!」
ふりほどと勢いよく祖母は突き飛ばされて、少し鈍い音がしたが気にしなかった。祖母は何かをいっていたような。
「気晴らし……」
やがてよろけた祖母をしり目に自分の部屋に。そうして、先ほどと同じように扉の前で体操座りで耳をふさいだ。どれだけの時間がたっただろうか。扉の外から声がする。男の、父の声だ。祖母には会いたくなかったので丁度良かった。
「なあ、あけてくれ……A、助けてくれ……父さん、父さんのせいだよな、A、自首しよう」
その言葉にふと嫌なものを感じ、Aはすぐさま扉をあけた。そこには両手血だらけの父親がいた。ふと何かに思い立ったAは父の部屋の前まできた。そこできづいた。祖母が机の角に頭を打って横たわっていた。
「Aちゃん……はははは、あはははは」
祖母は、泣きながらわらっていた。そしていった。
「気晴らしに、なったかい?」
その頭からは血がドボドボと絶え間なく流れており、もはや、失血死手前といったところだった。
「うわあああああ!!」
Aは絶叫しながらリビングへ、階段を駆け下りる。すると母が先ほどと同じように眠りこけていた。母にむけて、今まで起きたことを早口で説明する。母は目をこすりながら、眉間にしわを寄せて、困ったような顔をしてずっとその話をきいていた。
「……ねえ、あなたクマがひどいわよ?ノイローゼになってない?」
「そんな事じゃなくて!!おばあちゃんが!!おばあちゃん!!!」
「そのおばあちゃんって誰なのよ、あなたのおばあちゃんなら、とっくの昔、あなたが小学生の頃に死んでいるじゃない」
「!!」
ふと、頭の中を記憶が駆け巡る。いったいいつから?あの老婆―祖母は自分の傍に姿を現した?確かに受験勉強でほとんど眠らない日が続いてから、父の叫びに耳を塞いで夜を明かす日が続いてから、いったい、じゃああの老婆は、誰?何を伝えたかったのか?自分はストレスでおかしくなったのか?本当にあれは、おばあちゃんなのか?
そして振り向くと、老婆はそこにたっていて、笑っていった。
「気晴らしに……なったかしら?」
そこでAは意識を失った。
その話のあとに、しばらくしてAは母親と話をした。かつて父親は祖母から暴力を伴うムチ打ちなどのひどい虐待を受けていたらしい事、だからそれを反省して、孫にはとてつもなく優しくするように、笑顔を絶やさなかったこと。そんな祖母の様子をずっと母が監視をしていたこと、きっとAが受験勉強と父の面倒で大変なので、姿を現したのではないかという事。奇行は自分にAが怒りをぶつけるのを誘発しようとしたのではないかと。父をみていればわかる。父は幼少期、そして職場で耐えきれない怒りやストレスをためて、吐き出す場所がなかったのだ。
そして、Aはこの言葉で話をしめくくる。
「でも、不思議なんですよね、あの幽霊のおばあちゃんが頭をうって倒れていた場所、かつて父をせっかんして、父が血を流してたおれた場所と同じなんだって、そこにはいまでも父の血痕と、鈍い凹み傷が残っているんですよね、父もあの祖母をみているし、祖母は父にも謝りたかったんですかね」
彼女は、きっと祖母も父に植え付けた“傷”を後悔しているのではないか、そうかたった。
邪魔をする祖母 ボウガ @yumieimaru
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