ブラック企業で働く俺。死にかけたら女子高生に拾われる。

白雪❆

序章

第1話:残業


 今日も久瀬響は終電を逃してしまった。

 目もぼやけてきたし、身体が鉛のように重い。

 早く休めと脳が訴えかけてくるのがわかる。


 25歳、独身。

 一人暮らし。

 現在、彼女なし。


「やってらんねぇ……」


 しかも世間では、クリスマスときた。

 日本でも特別視されているこんなめでたい日でも、長年社畜として働いている俺にとっては全く縁のないイベントだ。

 

 (……ちっ、流石に30連勤は無茶しすぎたか)

 

 俺が務めている会社は超がつくほどのブラック企業。

 求人には、毎度お馴染みの『アットホームな職場』と書いてある。

 さらには、頑張れば頑張るほど給料も上がりますとの謳い文句。

 締めに土日祝日も休みと書かれているが、ハッキリ言って真っ赤な嘘だ。

 

 実際は社内の雰囲気は入社当時よりかはいいが、まだ一部ではギスギスとしており、休日出勤が当たり前。


 そんな会社でも、高卒の俺を雇ってくれたところだ。

 一人で飯を食べて生きていく為には働くしかない。

 やるからにはこの会社を大きく変えてやると意気込んで、今も必死に働き続けている。


「しかし、あのハゲ部長め……。今度こそ泣かしてやる」


 真っ黒な肌に豚のようにふっくらしたお腹をポンポンと叩きながら、何もせず椅子に座ってふんぞり返っている成島部長のニヤケ顔は今でも忘れられない。



###


 数時間前の出来事だ。

 ようやく自分の仕事を終えて帰ろうとしていた矢先。


「やぁ~、久瀬君。明日の会議で使うプレゼン資料を今から作っておいてくれ」


「え、今からですか?」


 時計の針を見ると、もうすぐ夜の21時。

 まさに定時を過ぎようとしているのにも関わらず、成島部長は満面の笑みで俺の肩を叩きながら告げてくる。

 

「ああ、君の仕事のスピードならギリギリ終電までにはいけるよね? 僕は社長とキャバク……接待に行かないといけなくなったから頼むよ~」


 おい、隠せてねーからな?

 この豚め。

 今、完全にキャバクラって言おうとしただろ。


 それに今日中にプレゼン資料を……って、バカじゃねーのか?

 指示出しが遅すぎんだろっ!

 

「あのですね、部長……。お言葉ですがいくら俺でも今日中となると」

「無理だったら君の部下に頼めばやってくれるだろう? 普段は定時上がりなんだしさ」


 そう言って俺の部下である小鳥遊を見ながらニヤッと笑う。

 隣の席だ、当然聞こえていたのだろう。

 頬を掻きながら俺と部長を交互に見ながら苦笑いで戸惑っている。


「えっと……」


 彼女の名前は小鳥遊たかなしひより。

 背丈も小柄で艶のある金色の髪がふわふわしているのが特徴的だ。

 目がパッチリと大きく、顔も整っている。

 いわゆる可愛い系ならぬ、ひよこ系というやつだ。

 

 小鳥遊は入社したばかりの期待の新人。

 仕事はまだまだ遅いが、指示出されたことを完璧にこなしてくれる。

 

 しかし、彼女には悪い癖がある。

 それは……。


「んー、君は直属の上司が困っているのに先に帰るのかなー?」

「そ、そうですよね……。よしっ、先輩が困っているなら(ぼそっ)」


「……はぁ、あのバカ」


 なにぶん、仕事を断らないのだ。


 (上司からの指示を最初から断るというのも難しいのはわかるが……)


 部長も部長だ。

 あくまでも自主的に残業しますと小鳥遊から言わせるように、狡猾に気づかせないように言葉で誘導してくる。


 (ちっ、この豚は頼んだ仕事を断れないようにすることに関しては天才的だな)


 つい眉間に皺が寄ってしまう。

 ハゲで豚みたいな見た目でも営業部長をしているだけある。

 部下が断れないようにする必殺『釘刺し』においては一級品らしい。


「あ、あの……、先輩っ! 私手伝います!」

「ダメに決まってんだろ。却下だ」


「却下ですか、そうですか……」

「なんで残念そうなんだよ、バカか」


「うぅ……だって、そんな全力拒否しなくてもいいじゃないですかぁ」


 遠慮気味だが率先して仕事を受けようとする小鳥遊を問答無用で止める。


「ダメだ、俺の部下ならわかるだろ」 

「残業は絶対ダメ、ですか?」

「ああ、そうだ」


 俺には信念がある。

 それは部下に残業は絶対させないことだ。

 しかも、サービス残業で1円にもならないならなおさらだ。


 他の奴らは知らんが、俺は自分の部下には必ず定時に帰らせるようにしている。

 この会社で主任になったと同時に、このクソみたいな職場を中から変えてやると誓ったのだ。


「あとは俺がやっておくから、もう切り上げろ」

「でも先輩……。今30連勤目で殆ど残業してるんじゃ……」


「なんのことだ? いいから早く帰れ」

「で、でも……」


 俺はため息交じりに耳元でこっそりと呟く。


「あのな小鳥遊、今日は久しぶりに友達と遊ぶんだろ?」

「……あ」


「おい、今忘れてただろ?」

「いやぁ、あはは……」


「だからまぁ、なんだ……。お疲れさん」


 そう言って、俺は引き出しから買っておいたオレンジジュースを頭に乗っける。

 小鳥遊がいつも飲んでいるキャラクターの書いているやつだ。


「ほれ、メリークリスマス」 

「え、あ……ありがとうございますっ!」 


「あー、もういいから、帰った帰った。定時から2分も過ぎてんぞ」

「は、はいっ! それでは、お先に失礼しますっ!」


 そう言って、何度も頭を下げながら小鳥遊は帰っていく。

 いいクリスマスになることを心から祈る。


「ということで、俺がしますから大丈夫です」


「ふーん、そうかい? まぁ、君ならそう言ってくれると思っていたよ。じゃあ、よろしく頼むよ。久瀬


「ははっ……。楽しんできてください」

「やだなー、接待だからこれも仕事だよ。それじゃあねー」


 (ちっ、嫌味ったらしくこういうときだけ役職つけて名前を呼ぶんじゃねーよ。豚野郎め)


 そんなことを心の中で思いながら、作り笑顔で部長を見送った。

 見渡せば、社内に残っていたのは俺一人になっていた。

 働き方改革やテレワークなどが世間で浸透していく中、俺は常々疑問に思う。


 (そんな夢みたいな会社は存在するのかよって) 


「文句言ってても仕方ねーし、さっさとやるか」


 そう言って、目の前にあった栄養ドリンクを2本一気に飲み干し、プレゼン資料を作ることに集中したのだった……。



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