現世より愛を込めて

左下の地球儀

現世より愛を込めて

 思い人が死んだ。




 高校2年の夏、中学の頃から見えないように隠してきた想いをいよいよ伝えた。


 彼女は昨日の昨日まで僕の想いに応え続けてくれていたはずなのに。


 毎日のように囁いていた愛の言葉も、今となっては虚しく空を切るようで。


 幸福と充実感で満たされていた毎日が、絶望と喪失感で蝕まれていくのを、僕は甘受する他無かった。


 


 ある日、彼女が生き返った。


 何の前触れもなく、目が覚めると僕の視界にには気まずそうな顔をした彼女が映っていたのだ。


 一週間だけ猶予を貰ったんだ!びっくりしたかな?あはは、本当はもう少し早く君に伝えるべきだったんだろうけどさ......


 彼女は僕の誕生日をサプライズで祝ってくれた時のような、少し申し訳なさそうな顔をしながらそう言った。


 「...ほんとだよ。もっと早くに言ってくれれば、僕はこんなことにならなくて済んだのに」


 涙のせいか、微かにぼやける彼女を前にして、安心した僕は床に崩れ落ちた。


 


 僕たちは早速デートに出かけた。


 何せ彼女と過ごせる時間は残り一週間しかないのだから。


 何の考えもなしに外に出てしまったので、財布を持ってくるのを忘れてしまい、その日は公園でベンチに座りながら雑談をすることにした。


 明日は何をしようとか、あの頃は楽しかったねとか、今幸せだねとか。


 彼女と2人で、前や後ろ、横を眺めながら。




 翌日からは初日に考えたデートプランをもとに、彼女との時間を過ごして行った。


 水族館でイルカショーを見てはしゃぐ彼女は可愛かった。


 家族愛を題材にした映画を見て涙を流す彼女は美しかった。


 ファミリーレストランで好物のパフェを頬張る彼女は愛おしかった。


 1日が終わり、カレンダーに斜線を書くたびに僕の胸を締め付けるこの痛みが、僕にはなんだか心地よくて苦しかった。


 


 そして迎えた最終日。


 最期の日くらいは2人きりで居ようと僕から提案し、今日はお家デートをすることにした。


 それに外は小降りではあるが雨が降っているし、外出する気にはなれなかった。


 何をしようか迷っていたが、彼女が以前楽しそうだと話していたパーティーゲームをすることにした。



 23時4分。


 もうすぐ今日が終わる。


 例え僕が望んだところで時計の針が止まることも遡ることもない、奇跡なんて起こりやしないのだ。


 しばしの間、沈黙の時間が続く。


 彼女はおそらく、別れの言葉を告げようとしている。


 受け入れろ、仕方のないことだ。


 受け入れろ、止むを得ないことだ。


 受け入れろ、避けられないことなのだ。


 ただ、それでも、僕は彼女の綺麗なままの口が、別れの言葉を吐くことを拒んだ。


 「...話があるんだ。とても大事な話。...聞いてくれるかな?」


 彼女は無言で首を縦に振った。


 「プロポーズの言葉を考えていたんだ」


 「綺麗な景色が見える場所で、ロマンチックな言い回しで想いを伝えようと思ったんだ」


 「でも、生憎の天気だし延期しようにもそれは叶わないみたいだからさ」


 「シンプルに言おっかなって...だからさ」


 「...結婚しよう」

 

 「僕は君とだったら新しい場所でもうまくやっていける気がするんだ」


 「だからさ、一緒に行こっか」


 気づけば雨は止み、空は晴れていた。


 笑いながら彼女を抱きしめて、涙でぐしゃぐしゃになった顔でキスをしながら、僕はベッドで深い眠りに着いた。

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