デートのススメ

「ゆうにぃ、なにしてるの?」


 風呂上がり。

 自室でパソコンをいじっていると、妹の香奈が俺の腰のあたりを小突いてきた。


 香奈の背丈だと画面がよく見えないようで、必死に背伸びをしている。


「ちょっと調べ物してるんだ」

「しらべもの?」

「そう。だからお兄ちゃん、今は構ってやれないんだ。ごめんな」

「か、かまってほしいわけじゃないもん。マユちゃんがカナとあそんでくれるし!」


 頬を上気させながら反論してくる香奈。


 色々あったが、真由葉は元カレとの関係に整理をつけることができたようだ。以前と変わらない明るい性格を取り戻している。


 香奈とも姉妹のような距離感で、仲良く遊んでくれているらしい。


「そうか。よかったな」

「うん。でもねでもね、カナ、シズクちゃんともあそびたい。シズクちゃんはおうちこないの?」

「ウチに呼ぶのは無理だな……。テストも終わったし、外で会うなら時間作れると思うけど」

「どうしておうちはむりなの?」


 香奈は首を横に傾けて、無垢な瞳を向けてくる。


「最近、母さんが家で仕事してるだろ。だから無理」

「よくわかんない。ママがいたらだめなの?」

「ああ、ダメだ。母さんとしずくを会わせてもロクな未来が想像できない」

「でも、ママとマユちゃんはよくおはなしてるよ?」

「そこの繋がりは今更どうにもできないからな。もう諦めてる。とにかく、母さんとしずくを会わせたくない。だから家じゃなく外にしような」

「あら、お母さんのことは気にせず家に呼んでくれても構わないのよ?」


 途端、聞き馴染みのある声が割って入ってくる。


 俺はびくんと大きく肩を上下に揺らすと、首だけ振り返った。


「か、勝手に部屋に入るなって何度も言ってるだろ」

「香奈はよくて、お母さんはダメなんて筋が通ってないわ」

「理屈じゃなくて感情の問題だ」

「もう……いつになったら反抗期が終わるのかしら」


 母さんは頬に手をやりながら物憂げにため息をもらす。


 プライバシーって概念を脳みそに叩き込んでやりたい……!


「へえ……デートスポット探してるのね?」

「勝手に人のパソコン見んなよ!」


 こ、このクソババァ……! 

 思春期の繊細な心を何もわかってない! 


「付き合ってないとか言ってたけれど、やっぱり悠里に春が来たのね。お母さん嬉しいわ」

「マジでうるさい。もうほんといい加減にして。あとまだ付き合ってるわけじゃないから!」

「ゆうにぃ、シズクちゃんとこいびとになるの?」

「香奈まで勘弁してくれ……」


 俺は額を抱え、重たく息を漏らす。

 キラキラと宝石みたいに輝かせている香奈の目が痛い。


「付き合う前のデートなら夏祭りとかどうかしら? 話題もつきにくいし、人混みを利用して手を繋いだり、花火でいいムードになったり……色々後押ししてくれる要素多いわよ」

「そ、そうかよ。もういいから出てって……ほら!」


 俺は母さんの背中を思いっきり押して、強引に部屋から追い出す。


 空気を読んだのか、香奈も母さんと一緒に出て行ってくれた。


 一人の空間を確保し、俺は椅子にもたれる。


「夏祭りか……」


 普段から余計なことしか言わない母さんだけれど、この提案は悪くない。


 しずくの浴衣姿が脳裏をよぎり、俺はかぶりを振った。

 どうにも浮かれているみたいだな俺は……。



 ★



 今日はテストの返却日だった。

 しずくに勉強を教えていた分のロスはあったが、普段よりも早い段階でテストモードに頭を切り替えていたから手応えは悪くない。


 学年四位なら上々だ。

 しずくも全教科平均点越えを達成できたようで、文面から喜びが滲んでいる。


『デートですからね! デート!』

『わかってる』


 端的に返事をしつつ、俺は口角をわずかに緩める。


 昨日のうちからデートプランを考えておいてよかった。

 一応はご褒美という体裁だし、俺がリードしないとな。


 何はともあれ、浮ついたことを考えるのは後だ。


 昼休み。

 俺は相も変わらず閑散としている図書室に出向いていた。


「お、お疲れ様です! 西蓮寺先輩!」

「大きな声を出すな」


 彼女──河瀬夢乃は俺と目が合うなり、深々と頭を下げてくる。


 いくら人が少ないとはいえ、余計な疑念を抱かれるのは面倒。

 周囲の注目を集める真似は避けたい。俺が軽く睨むと、河瀬は居住まいを正した。


「あ、えと、すみません……」

「で、進捗は?」


 河瀬の斜向かいの席に座り、俺は冷淡な態度を取る。


「頑張ってますけど、今更聞く耳持ってもらえないといいますか……わたしが双葉さんを擁護するのはどうにも違和感がすごくてですね」

「何か勘違いしてないか。河瀬がやるのは正しい情報の伝達。擁護じゃない」

「は、はい。すみません!」

「それから河瀬の言い訳を聞いてる暇はない。結論ファーストで手短にしろ」

「えぇっと、なので、進捗としては何もできてない……感じです」


 河瀬は背中を丸めて、膝の上に両手を置く。


 俺は頬杖をつき、わざとらしくため息を漏らす。


「ま、まだ切り捨てないでください! ら、来週までにはなんとかしますから」

「何もできなかったらどうする?」

「その時は……わ、わたしのこと好きにしてもらっていいです……!」

「お金をもらってもそんな権利いらない」

「ひどいっ!」


 河瀬は涙目になりながら、うぅっと唇を震わせる。


 兎にも角にも、進展はないみたいだな。


「時間の無駄だからもう戻る」

「あ……まだ帰らなくても……」

「は? まだ何か話すことあるのか」

「え、えっと、来週こそは何か結果を出します」

「ああ」

「そ、それだけです……」


 わざわざ呼び止める必要あったのか? 


 河瀬視点の俺はかなり印象が悪いはず。

 出来る限り、一緒にいたくないと思うのが自然のはずだが。


 ……余計な思考だな。

 無駄なことに脳のリソースを使うのはやめておこう。


 俺は河瀬を一瞥して、図書室を後にした。

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