ラブラブ登下校 後編

「先輩から全然、私に何かしてくれないじゃないですか。なので、先輩が私のことリードしてください。これは先輩の練習でもあるんですからね?」


 恋人のふりを開始してから、俺は双葉の指示に従ってばかり。


 今日だって、双葉から俺に密着して、双葉の指示に従って頭を撫でたりした。


 この恋人のふりは俺の練習という側面もあることを考慮すれば、指示されたことをするだけじゃ意味がない。


「わかった。その条件でいい」

「はい! じゃあ、まず何からします?」


 双葉はニコニコと口角を上げながら、身を委ねてくる。


 俺は一呼吸置いてから、双葉の右手にそっと触れた。

 少し力を加えればポキッと簡単に折れてしまいそうな手。男の手と違って起伏が少なく、きめ細やかだ。


 パチリと双葉と目が合う。

 が、お互いすぐに横に逸らした。


 居た堪れない空気がこの部室内を蔓延っている。


「か、帰るか」

「は、はい」


 これ以上この場にいても息苦しいため、昇降口へと向かうことにした。



 ついさっきまで今以上に密着していたのだけど、なぜか今の方が照れくさい。

 双葉がしおらしくなっているからか?


 にしても、やはり注目を集めているのを感じる。


 見せつけるようにイチャつかなくとも、双葉のブロンドは人目を惹きやすい。


「双葉」

「…………」

「……しずく」

「はい、なんですか先輩」


 名字呼びだと反応してくれないあたり、双葉は恋人のふりへのプロ意識は高い。


「正門の前にいる奴、見覚えあるか?」

「え? あぁ、はい。よく私にちょっかいかけてくる人ですね」


 整髪料で固めた茶髪に、耳にピアスをつけた男子生徒。

 制服も着崩しており、チャラついた雰囲気が全身から漂っている。


 好奇心ではなく、明らかな意思を持ってこちらを見ていた。


 正門を通り過ぎようとすると、茶髪の彼が俺の前に立ち塞がってくる。


「ちょっといっすかー」

「…………」

「いやいや無視しないでくださいよー。先輩に面白い話があんすよ」

「しずくの噂の件なら知ってる」


 俺は間髪おかずに切り返す。

 双葉は一歩後退して、俺の後ろに身を隠した。


「あ、知ってたんすね。だったらやめといた方がよくないすか。オレ、先輩のこと心配してんすよ。このままだと先輩にも良くない噂とか流れちゃうんじゃないかなーって」

「心配はいらない。邪魔だから退いてもらっていいか?」

「いやいやおかしいっしょ。どんな神経してんすか」

「こっちのセリフだ。くだらない告げ口に時間を割く方が理解できない」


 大方、双葉に好意があるんだろう。

 だから、双葉に彼氏がいることが許せない。


 俺と双葉を引き剥がしたいという考えが見え透いている。こういうのは相手にしないのが得策だ。


「帰ろう、しずく」

「は、はい。先輩」


 双葉の肩を掴み俺の方に引き寄せる。

 密着させた状態を見せつけるようにして、そのまま彼を横切った。


「チッ。んだよそりゃ……」


 背後で大袈裟な舌打ちと地面を蹴る音がする。


 双葉は上目遣いで俺を見つめ、肩にコツンと頭を乗せてきた。


「先輩。ありがとうございます」

「お礼言われることはしてない」


 俺は双葉の肩から手を離す。

 誤魔化すようにポリポリと頬を指先で掻いた。


 気恥ずかしさが押し寄せてきて、俺は会話を別方向に転換した。


「そういや、香奈との約束って覚えてる?」

「あ、はい。もちろん覚えてます」


 以前、俺の妹──香奈の迎えに行った際、今度遊びに行くことを約束していた。


「香奈がふた……しずくと会いたいってうるさいからさ、出来たら近いうちに遊んでやってくれると助かる」

「ホントですか。私はいつでも大丈夫ですよ」

「じゃあ、今週の土曜とかでいいか」

「了解です。あ、実質、私と先輩の初デートですね?」


 双葉はからかうような視線を向けてくる。


 俺は嘆息しつつ。


「俺はあくまで保護者として参加するだけ。空気と思ってくれればいい」

「ふーん。まぁ別にいいですけど」


 つまらなそうに鼻息を鳴らす双葉。

 ピタリとその場で歩みを止めると、俺の制服の裾を引っ張ってくる。


「ところで何か忘れてませんか」

「……ああ、はいはい」


 双葉の右手を握る。

 さっき手を離してから繋ぎなおしていなかった。


「先輩が私に何もしてくれないなら、私から先輩にしちゃいますからね」

「……肝に銘じておくよ」


 これは俺が恋人ができた時の練習でもある。

 であれば、ただ手を繋ぐだけじゃ芸がないか。


 俺は覚悟を決め、指と指を絡め始める。俗に言う恋人繋ぎへと移行した。


「い、意外と先輩もやりますね……」

「まぁ、このくらいはな」


 双葉は首は耳まで真っ赤にして、ぽしょりと呟く。

 俺にもその赤みが伝染してきて、身体が熱くなっていく。


 甘ったるい空気に呑まれないよう堪えるのに必死な俺だった。

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