ラブラブ登下校 前編

 ──双葉しずくに上級生の彼氏ができたらしい。


 そんな話を流布するのに、長い時間は必要なかった。

 恋人のふりを始めてから三日目にして、既に周知の事実と化している。


「しずく。帰ろう」

「はい。悠里ゆうり先輩!」


 認知度を上げた要因として、双葉への関心が高いことが一役買っているが、もう一つ大きな理由がある。


「……ッ」

「平然としてください先輩。疑われちゃいますよ?」


 俺の腕にべったりと絡みつき、バカップル同然の距離感を実現してくる双葉。


 学校内で人目も気にせず大々的にイチャつくカップルは少ない。

 それどころか見せつけるようにしているのだから、周りから認知されるのは当たり前だった。


 一年生の教室が並ぶ廊下を双葉と進んでいく。

 近くにいた生徒は壁際へ避け始め、俺たち用の一本道が作られている始末。


「悠里先輩。今日もたくさん頑張ったので、頭なでなでしてください」

「は? いやなに言って……」

「大切な彼女のお願い聞いてくれないんですか?」

「な、撫でるよ。ああ。大切な彼女、だからな」


 優しく綿毛にでも触れるようなイメージで、双葉の頭を右手で撫でて見せる。


 周囲からの視線が痛い。

 男子からは妬みに近いものを、女子からは羨望に近い眼差しを感じた。


「もっとしっかり撫でてくれないとヤです」

「う……ワガママ言うなよ……」

「彼氏に甘えたらだめなんですか?」

「こ、これでいいだろ」


 やむなく要望に答えて、少し力を入れて頭を撫でる。

 双葉は口元を緩めて破顔すると、コツンと俺の肩に頭を乗せてきた。


「先輩。私のこと好きですか?」

「あ、ああ。もちろん」

「ちゃんと言葉にしてくれないとヤです」

「好き、だよ」


 あれもう、なんだこれ。


 恋人のふりなのは理解しているが、頭がおかしくなりそうだ。

 双葉の無垢な笑顔を直視して、俺の頬が上気していく。今なら体温計を壊せそうだ。


 俺はコホンと咳払いをして、平常心を取り戻す。

 双葉の耳に顔を近づけ、そっと小声で伝達する。


「一旦、部室によるぞ」

「……? はい、了解です」


 双葉は少し怪訝そうな様子を見せるも、コクリと小さく頷く。

 文芸部の部室がある特別棟へと向かった。




 周囲の視線に耐えながら、部室に移動してきた。

 ここなら誰の目もないため、恋人をのふりを解除できる。


「どうしたんですか先輩。一番、人が多い時間帯に帰らなくてよかったんですか?」

「そのつもりだったけど、今日はさすがに説教だ」

「私、怒られるようなことしてないです」

「自覚ないのかよ! 日に日に行動が大胆になってる! 周りの奴らから付き合ってると思われれば十分なの! なのにあれじゃ、ただのバカップルだ!」


 手を繋いで一緒に登下校する。

 この程度で十分だと思っていたし、初めはこのくらいだった。


 けど、段々と双葉がエスカレートし出して、今日に至っている。


「そうですか? あのくらい普通だと思いますよ」

「普通なわけあるか! なんで他の生徒が俺たちを見て横によけるんだよ。廊下の真ん中に綺麗に道が作られてる光景初めて見たぞ⁉︎」

「でも、手を繋いで歩くだけとかつまんないじゃないですか。もっとイチャイチャしましょうよ」

「限度があるだろ。それにこのままじゃ、双葉を知らない人間にまで認知されかねない。すげーバカップルがいるって……」


 俺の知る限り恋人のいる人間はある程度、TPOを弁えているイメージがある。


 少なくとも、俺たちくらい堂々とカップルですよーと歩き回っている人間は見たことがない。


「それって好都合じゃないですか? バカップルの女の方だって思われ始めたら、噂の存在も薄れたりして」

「その可能性は否定できないけど」

「ほらほら。あ、それに今日、クラスの女の子から話しかけられたんです。先輩と付き合ってるのかーとか色々聞かれちゃいました。いつも腫れ物扱いされてるのに凄い躍進です」

「そう、なんだ。じゃあ、やり過ぎなくらいの方がいいのか?」


 徐々に双葉のイメージを変更させていく路線で考えていたけど、考え直した方がいいのか? 


「だからこのまま続けてみません?」

「いやダメだ」

「どうしてですか! 何か不安要素でもあるんですか?」

「俺のキャパシティの限界なんだよ」


 双葉は目をぱちぱちさせる。


「自慢じゃないけど、俺はリアルでの恋愛経験が本当に皆無なんだ。中学三年間はギャルゲーに費やしてたくらいだ」

「本当に自慢じゃないですね」

「ああ、だから俺には異性に対する耐性がない。なのに、公衆の面前で堂々とイチャつくのはハードルが高すぎる。……手を繋ぐくらいが関の山だ」

「だったら慣れてください。私は先輩の練習台ですよ。練習で恥ずかしがってたら本物の彼女ができた時に困りません?」

 

 それは一理ある。

 と、一瞬、双葉の論法に説き伏されそうになったが、すぐに冷静になる俺。


「困らない。俺が付き合う女の子なら他人に見せつけるようにイチャついたりしない」

「でもでも、私は周囲に見せつけたいタイプです。この人は私の彼氏ですよーちょっかいかけないでくださいねーってアピールしたいですし」

「どうして双葉の話がここで出てくるんだよ」

「そ、そこは突っ掛からなくていいところです!」


 双葉は頬に桃色のものを差し込み、視線をあさってに逸らす。


「とにかく今からイチャつきのレベルを下げる。いいな?」

「むう。それなら条件があります」

「条件?」

「先輩がリードしてください」


 俺は眉を八の字にして、疑問符を浮かべる。


「先輩から全然、私に何かしてくれないじゃないですか。なので、先輩が私のことリードしてください。これは先輩の練習でもあるんですからね?」

 

 確かに、俺発信でアクションはほとんど起こしていなかった。


 でも、俺がリードするのか。できるかな……。

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