不穏な噂③
翌日。
俺は自席で頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
「朝っぱらから陰鬱な顔してんな……シャキッとしろシャキッと!」
「元からこういう顔だっての」
欠伸を噛み殺していると、友人──四谷が俺の前の席に座り半身を向けてくる。
「考えごとか? 話なら聞くぜ」
「一度冷めるともう一度熱を帯びるのは難しいんだなと思ってな」
我ながら酷いとは自覚している。
でも、真由葉が彼氏に浮気されたのは個人の問題だ。
そこに俺を参戦させないでほしいと素直に思う。
「よくわかんないけど、困ってんなら言えよ? 俺にできることは協力するから」
「サンキュ。頼れそうな時は頼るわ」
「おう。あ、でさ、西蓮寺の耳に入れときたいことあんだ」
「なんだよ?」
「双葉しずくが男と一緒に帰ってたって一部で噂が立ってる。西蓮寺、お前昨日一緒に帰ったりしたか?」
「ああ、一緒に帰ったけど」
成り行きだが、双葉と一緒に香奈の迎えにいった。
四谷は呆れたように目を細め、頬杖をつく。
「やっぱお前か……。双葉しずくと関わるなら、人目を気にした方がいいと思うぜ」
「俺は噂とか気にしないから別に構わない」
「ちげーって。俺が言いたいのは、双葉しずくの噂に関して、お前は火に油を注いでるってこと。西蓮寺がよくても、双葉しずくがいいとは限らないだろ?」
「それは、確かに……」
意図したわけではないが、俺は双葉の噂を盛り上げる存在になりかけている。
双葉自身が噂についてどう考えているかわからないが、早く鎮火してほしいと思っているのであれば、俺の存在は迷惑でしかない。
「配慮が欠けてた。ありがと、今後は気をつける」
「ういうい。じゃ、そろそろHRだから戻るな」
朝のHRの時間が近づき、四谷は自分の席に戻っていく。
双葉の噂について知らぬ存ぜぬを続けようと思っていたが、少し考えを改めるか。
双葉の一挙手一投足には関心を持たれ、話のネタにされやすいらしい。
俺の存在が迷惑になるなら、関わり方も考えていかないといけないな。
★
放課後。
俺は一週間ぶりに文芸部の部室の前にいた。
「双葉、入っていいか?」
扉をノックし、双葉からの返事を待つ。
が、一向に返事が返ってこない。
「……あ、先輩! 今日は来てくれたんですね」
手持ち無沙汰で待機していると背後から声をかけられる。
「うん。しばらくは香奈の迎えにいく必要はなさそうだからな」
「そうですか。ほらほら、入ってください!」
背中をポンと押され、部室へと足を踏み入れる。
この前来たときと特には変わっていないな。
双葉に促されるがまま、俺は純白のソファに腰掛ける。
やたらと上機嫌の双葉は電気ケトルを片手に。
「先輩、何か飲みます? 紅茶かコーヒーくらいしかないですけど」
「紅茶で」
「了解です。そこら辺にあるお菓子つまんじゃって大丈夫ですよ」
「ああ、ありがと」
改めて思うが、ここホントに部室か?
軽く友達の部屋に遊びに来た感覚に陥る。
「紅茶です。どうぞ」
「さんきゅ」
「で、なにしますか、先輩! ゲームします? 私、ス○ブラなら負けない自信ありますよ」
「ゲームの前に少し双葉と話をしたい」
双葉は目をパチクリさせ、小首をかしげる。
「……? なんですか?」
「俺が近くにいることで双葉は迷惑だったりしないか?」
「ちょっと言ってる意味がわからないです。どうしてそんなこと聞くんですか?」
「それは、なんていったらいいかな」
言葉に詰まる俺。
ハッキリと噂の件を言及するのは少し抵抗がある。
双葉はストンと肩を落とし表情に影を差し込んだ。
「あー、私の噂でも聞きました? いや、ていうか絶対そうですよね。……まぁ、時間の問題だとは思ってましたけど、意外と早かったですね」
双葉に看破されてしまう。
だったらもう、包み隠さずに話すか。
「噂は聞いた。俺の友達にやたらと噂とかに強い人間がいるから」
「そうですか。……幻滅しました?」
双葉は乾き笑いをしながら、寂しそうな目で問いかけてくる。
「俺は自分で見たものを信じるようにしてるから。噂を聞いたからって幻滅することはない」
「だったらどうしてその話題を上げるんですか……?」
「昨日、俺と双葉が帰ってたって噂が立っているらしい。だから、俺の存在が双葉の迷惑になってないか確認しておきたいんだ。俺が近くにいると、火に油を注ぐことになりそうだから」
双葉の瞳に戸惑いの色が滲み出る。
猫騙しを喰らったみたいにポカンと口を開けた。
「な、なんですかそれ……意味わかんないです。どうして私に選択権を委ねるんですか。噂を聞いたなら、私みたいな後輩とは関わらない選択すべきです。迷惑を被るのは先輩じゃないですか」
「俺は迷惑だと思ってない。噂が本当なら身の振り方を考えるけど、生憎、双葉が噂の内容に沿った女の子には見えない」
「人は見かけによらないってよく言うじゃないですか。実は、噂通りのビッチな後輩かもしれないですよ」
「なら、どうしてそんな顔すんだよ」
双葉は矢で射抜かれたように目を見開き、息を呑み込んだ。
噂が真実ならしょうがない。
内容的にフォローできないものもあった。
ただ、双葉の顔には深い悲痛が刻まれている。垂れ下がった眉と押し殺したような口元からは、空虚感が漂っていた。
「噂に困ってんなら、俺と一緒に対抗してみるか?」
「え? な、何言ってるんですか。噂に対抗ってどうやって」
「それは今から考える」
「見切り発車が過ぎませんか。大体、先輩になんのメリットがあるんですか」
双葉は小難しい顔をして矢継ぎ早に切り返してくる。
俺は肩の力を抜いて、天井を軽く見上げた。
「俺、失恋して辛い時期に双葉と出会って、話を聞いてもらって結構救われてるんだ。だからそのお返しに何か出来ることがあるならしてあげたい」
双葉は目をパチパチさせる。
呆然と俺を見つめた後、左肩にコツンと頭を乗せてきた。
「軽はずみにそう言うこと言わない方がいいですよ。私みたいな子は、図々しく厚意に甘えちゃいますから」
「軽はずみじゃない、てか、近いって……」
「今日は眠い授業が多かったので睡魔が凄いんです。少し先輩の肩で頭を休ませてください」
「す、少しだけだからな」
俺は頬にうっすらと赤みを覚えさせながら、あさってを向く。
たじろぐ俺を前に、双葉はあっけらかんとした様子で続けた。
「私、貞操観念が緩い女の子だと思われているみたいです。お金さえ払えば誰とでも……その、ふしだらなことするって認識してる男子が一定数いまして」
「じゃあ、まずはその噂から解決するか」
「できるんですかっ?」
双葉はガバッと顔を上げると、前のめりになって顔を近づけてくる。
俺は少し気圧されながら。
「噂を払拭ってのは難しいけど、言い寄ってくる男を牽制するくらいならできると思う」
「ほんとですか!」
「いや、でもやめとこう。これは双葉の負担が大きいし」
「構いません!」
よほど、言い寄ってくる男に迷惑しているみたいだな……。
やるかやらないかはともかく、言うだけ言ってみるか。
「えぇっと、これから俺と双葉で恋人のふりをする」
双葉はピタリと動きを止めると、眉根を寄せ頭上に疑問符を浮かべた。
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