その女、だれ?
公園に移動した。
ベンチに座って、双葉が香奈の髪型を結ってあげている。
「香奈ちゃんの髪の毛すごいさらさらだね」
「そう、かな……えへへっ」
香奈は気恥ずかしそうに頬を掻き、頬に赤みを宿らせる。
「うん、よし。三つ編みできたよ」
「ほんとっ?」
「はい、こんな感じでいかがでしょう? お客様」
「すごい……シズクちゃん、すごい! みつあみだ!」
双葉に手鏡を渡され、香奈はその場でぴょんぴょん飛び跳ねている。無限に見てられる可愛さだな。
「よかったな、香奈」
「うん。カナ、かわいい?」
「ああ、最強に可愛いぞ」
「えへへ」
ついシスコンを曝け出していると、双葉がそれとなく俺に耳打ちしてくる。
「私でよければ、いつでも香奈ちゃんの髪セットしにいきますから頼ってください」
「いや、そんな迷惑はかけられないよ」
「迷惑じゃないです。もっと香奈ちゃんに会いたいですし」
「ならまぁ、負担にならない程度に頼む」
双葉は微笑混じりに頷くと、時計を一瞥する。
「少し暗くなってきましたねね」
「だな。もう解散するか」
十八時付近。
日照時間が延びているとはいえ、そろそろ帰った方がいい。
双葉はこの近くに住んでいるわけじゃないしな。
「……え、もうかえっちゃうの?」
しばらく自分の髪に見惚れていた香奈だったが、寂しそうな視線をよこしてくる。
「あんま遅くなるとお兄ちゃんが母さんに怒られるからな」
「まだあかるいよ?」
「明るければいいってものでもない」
「……よくわかんない」
香奈は不満そうに唇を前に尖らせ、視線を落とす。
双葉は香奈と目線の位置を合わせると、ギュッと両手を包むようにして握った。
「またね、香奈ちゃん。今度会った時は編み込みやってあげるね」
「こんど……? また、あえるの?」
「うん、会えるよ。私けっこう暇だから」
「ほんとに? ほんとにほんと?」
この短時間でえらく双葉に懐いたみたいだな。
「本当だよ。休みの日でも全然大丈夫だし。洋服とか買いに行っちゃう?」
「おようふく……! いきたい!」
「あ、でも休日は先輩がダメっていうかな……」
「せんぱい?」
「香奈ちゃんのお兄ちゃんのこと」
香奈がジッと俺を見つめてくる。
「ゆうにぃ。シズクちゃんとおやすみのひにはあっちゃダメなの?」
「ダメってことはないが、出かけるのは少し心配だな……」
「あ、でも先輩も一緒なら問題ないですよね?」
「まあ、それでいいなら」
保護者の立場で参加できるのであれば、特に断る理由もない。香奈も乗り気だし。
「お兄ちゃんの許可も下りたから、約束ね。はい、指切り」
「ゆびきり……えへへ」
小指同士を絡めて、笑顔を交わし合っている。
微笑ましいやり取りを見て和んでいると、ピロンとスマホから音がした。
メッセージアプリからの通知だ。
ポケットから取り出し、内容を確認する。
「……っ」
途端、俺は息を呑んだ。
『香奈ちゃんの隣にいるその女、だれ?』
差出人は、真由葉。
近くで見ていないと知り得ない情報だ……。
周囲を見渡し、人影を隠す。
と、公衆トイレの付近でスマホ片手に佇んでいる真由葉と目が合った。
「悪い。少しトイレ寄ってきていいか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「長くなるかもしれないから、香奈と遊んでてくれると助かる」
「言わなくていいですよそんなこと……」
俺はスマホをしまい、真由葉の元へと向かった。
★
普段はポニーテールにしている黒髪を、今は背中の辺りまで下ろしている。
いつも通りの笑顔がナチュラルに張り付いているが、目は明らかに笑っていなかった。
「たった一週間だけど久しぶりな感じだね。ゆうくん」
俺はさっき送られてきたメッセージ画面を、真由葉に突きつける。
「これ、どういう意味?」
「どうもこうも、そのままだよ。香奈ちゃんに知らない女の子が近づいてたから、心配になったの。ゆうくんも香奈ちゃんに悪い虫がついたら嫌でしょう?」
「生憎と心配してもらう必要はない」
「声が冷たいよ? あたしのこと好きなんだよね? そういうの良くないと思うな」
すでに真由葉への恋愛感情は消えている。
それについては、理解してもらったと思っていたが。
「もう好きじゃない。……できれば、連絡もしてほしくない」
「どうしてそんなこと言うの? たった一回の失言でダメなの? あたし、そんなにゆうくんに悪いことしたかな?」
「こればっかりは気持ちの問題なんだ。自分勝手なのは理解してる。でも、一区切りつくまでは距離置かせて欲しい」
「一区切りってなに? どうしてあたしはこんな目に遭ってるのに、どうしてゆうくんは楽しそうなの? あの子とは付き合ってるの? 女なら誰でもよかったの? それならあたしでもよくないかな? ゆうくんだけ抜け駆けしないでほしいな」
ハイライトの消えた真っ黒な目で、淡々と問い詰めてくる。
鬼気迫るその迫力に、俺は気圧される。……ほんとに、あの真由葉か?
「付き合っている訳じゃないよ。ただの後輩だ
「香奈ちゃん、嬉しそうに髪を結ってもらってたね。今まであたしがやってあげてたのにね」
「それは……」
「もう、あたしはいらないって。……そう言いたいんだよね、ゆうくんは」
真由葉は勝手な被害妄想を広げる。
「待って。俺はそんなこと思ってない」
「いいよ。もう……。あたしばっか不幸になればいいんでしょ。そうなんでしょ?」
「だ、だからそんなこと思ってない。思い込みだ」
「ならあたしを選んでよ。あたしを好きって言ってよ!」
会話にならない。
もうメチャクチャだ。
色々あって精神状態が安定していないのだろう。
初めての状況に出会し言葉に詰まっていると、真由葉は俺の制服の袖を掴んでくる。
「あたし、待ってるから。次は、ゆうくんから私に会いにきてね。……会いにきてくれないと嫌だよ?」
淡々と言い残し、真由葉は俺の前から立ち去った。
俺はガシガシと頭を掻き、ため息を吐き出すのだった。
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