マリーリリーの産むものは


「護衛? なんで? いらないんだけど?」

「姫様の意向は存じております。私のことは壁とでもお思いください」


 と、言った瞬間クッションが顔面に飛んできた。

 切り捨てそうになったのを耐えたけれど、クッションが落ちるとクスクス笑う少女の顔。

 こめかみに青筋が浮き出そうになった。

 だが、マリーリリー様はそれ以上どうでもいいかのようにベッドでゴロゴロ。

 あれ、勉強は? と、思ったが侍女の誰もなにも言わない。

 家庭教師が入ってくるのかと思えば、聖殿のローブを着た者が入ってきて「本日の浄化を行わせていただきます」と頭を下げて、マリーリリー様のベッドを囲み、浄化を始める。

 四人のセイントたちは祈りを捧げてマリーリリー様の体から邪念を取り払う。

 その間、マリーリリー様はベッドに大の字になって眠るだけ。

 しかも浄化の祈りの詠唱が終わったセイントたちはフードの下で汗を垂らすほど、疲弊が見えた。

 ……思った以上にまずそうだな。


「ちょっとー、終わったならさっさと部屋から出て行きなさいよ。わたくしもう寝る」

「い、いいえ、もう少し――」

「くどい!」

「申し訳ございまございません。しかし、最近のマリーリリー様は邪念を抱え込みすぎです。ここで一度御身に宿る邪念を完全に取り払わなければ、御身が危険です。明日はどうか聖殿にご足労いただけませんか?」


 セイントたちが切り出した。

 普通の者ならそんなこと言われれば今すぐにでも聖殿に行くのだが――。


「えー、めんどうくさーい」

「陛下が明日、ちょうど浄化の日です。ご一緒なされば、陛下を独占できると思います」


 と、私が口添えすると、マリーリリー様はチラリと私を見る。

 もう一声、かな?


「普段会うことも難しいこの国で一番偉い国王陛下を、丸一日に独占できるなんて娘であるマリーリリー様にしか許されない、貴族にも真似できない贅沢ですね。羨ましゅうございます!」

「……そうね。それなら行ってもいいわ。お兄様たちをちょっと困らせらせそうだし」


 チョロい、の、だが……素の性格が、悪いんだな。

 ジェラール様のように小柄で可愛らしいのに、多少の小悪魔なら私も可愛いものだと思うのだが……。

 でも兄君たちも兄君たちで“アレ”だからなぁ……。

 と、思うが、その夜は何事もなく過ぎる。

 ジェラール様との夜が懐かしい、と思うなんて。

 夜勤久しぶりでちょっとしんどい。


 ――と、思って引き続き壁になっていると、マリーリリー様が深夜ぐすぐすと泣き声が聞こえてきた。


「なんで誰も、わたくしを愛してくれないのよ」


 と。

 ……ちゃんと愛してもらっていると思うのだが、どうして伝わっていないんだろう?




 ――翌日。

 ほんっとうになんの異常もなく昼間が近くなる。

 恐らく郊外と王都、城内、聖殿の避難と結界、転移魔法の準備ができたんだろう。

 国王陛下が昼食を食べ終えたマリーリリー様を迎えに来た。


「お父さま……」

「聖殿に行くのだろう? 今日は共に過ごそう。こうして歩くのも久方ぶりだな」


 と、手を差し出し、幼い子を相手にするように、陛下はマリーリリー様の手を繋いで城内を出て行く。

 時間は一時になったばかり。

『予言』の時間が、近い。

 城内のサタンクラスも全員昨日のうちに聖殿で浄化を受けている。

 やはり災厄の原因はマリーリリー様、なのだろうな。

 私の後ろをセイントが汗だくでついてくる。


「最近は公務も休んでいるそうだな」

「だって面倒くさいんだもの」

「マリー、お前はこの先どうしたい?」

「どうって?」

「王族に生まれた以上、民に支えられて生きるもの。公務を行うということは民に感謝を返すもの。お前は嫁に行く気持ちはあるんだろう? このまま日々部屋に引きこもっているのがいい、というのならそれでもいい。パーティーで婚約者を探してもいいし、父が相手を探してもよい。どうしたい?」


 優しい声色。

 陛下の愛情がよく感じられる。

 王子殿下たちの性質を思うと、これは陛下の父としての娘への情、だな。


「わたくしを追い出したいってこと?」


 城の隣にある聖殿に入った途端、マリーリリー様がギロリと陛下が悲しげに眉を寄せた。

 な、なんでそんな話になるんだ!?

 予想外すぎるマリーリリー様の返答に私がギョッとすると、セイントたちが集まってきて浄化の祈りを始めた。

 セイントたちの顔が早くも汗だくだ。


「そうではない。今までの生活がいいのならそれでもよいと――」

「このままでいいなんてわたくしだって思ってないわよ!」

「待て、マリー」

「わたくしだって幸せになりたいわよ! お兄様たちばかり幸せになって、わたくしには情けなくて頼りないあんな男が婚約者! 私のことを守ってくれる、強くて背が高い顔のいい優しい男がいいのに!」


 注文が多いな!


「ジェラールはプロフェットだ! この大陸で、唯一無二の! だからお前に相応しいと思ったのだ!」

「……!?」


 言ったーーー!!

 陛下がジェラール様のクラスを、ここで暴露するなんて!

 マリーリリー様の目が見開かれる。


「プ……プロフェット……あ、あの頼りない男が……? 大陸で、数十年に、一度の……? キングクラスよりも、珍しい……あいつが……!?」


 震えるマリーリリー様は、見上げると鬼の形相だった。


「嘘ヨ! あいつが選ばれた者で、わたくしは、わたくしは――!! 嘘よぉぉぉおお!!」

「マ、マリー!」

「っ!!」



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