嫁入り 3
残念ながら呪いを込めた覚えはないので、もうこういう個性なのだと思う。
母上は「お前に刺繍の才能はありません。諦めなさい」と笑顔で匙を投げられた。
だからまあ、つまり――。
「ジェラール様は刺繍はできますか?」
「や、やったことはありませんが……」
「試してみませんか?」
「僕がですか? ど、どうして……?」
「夫婦とは、自分にできないことを相手が、相手ができないことを自分がやって支え合うものだと、私は私の両親と兄夫婦に教わったからです」
うちの家系は本当に脳筋で、父も兄も仕事一筋であまりにも家庭に無頓着。
それでも愛妻家で、この女性!と決めたら一途に愛する。
彼女のためなら彼女のためならどんな労力もいとわないし、彼女が生んでくれた自分の子どもを全力で愛するし、彼女とその子どもを自分の命を懸けて守るし大事にする。
なぜなら自分は彼女のできることができないから。
そういう父と兄の考え方を私は素敵だと思うし、母も兄の妻である義姉たちもそんなところを尊敬して支えようと思った、と語って聞かせてくれた。
私も、嫁いだらそんな家族になりたいと思っていたのだ。
だからジェラール様は、私の理想が具現化したんじゃないかと思うほどに完璧。
「ジェラール様が苦手だったり、できないことは私がやります。私が苦手でできないことを、ジェラール様にやってほしい。私の我儘ですが、私は刺繍ができないので今度の甥っ子の五歳の誕生日に贈るハンカチの刺繍を、ジェラール様にしてほしいです。叔母として甥にハンカチを贈れないのは悲しいので、助けてほしい」
「あ」
五歳の誕生日は親戚の女性からハンカチを贈られるのがこの国では一般的。
なぜなら五歳になるとお茶会にお呼ばれすることが増えるので、ハンカチを使う機会が増えるから。
特に男児はベンチに座る時に幼いレディのドレスが汚れないようにハンカチを敷いてよい印象を残すのが、婚約の第一歩とまで言われている。
ハンカチは多めに持ち歩くのがマナーなのだそうだ。
私もよく五枚くらい持ち歩いていた。
お前は女の子なのだからそんなに持ち歩く必要はない、と言われたが、兄嫁たちからもらった素晴らしい刺繍の数々を自慢したくてつい。
女友達にもベンチにハンカチを敷いて「どうぞ」と言っていたらルビに「同級生男士の婚約を邪魔しないであげてください」と謎の注意を受けた。
「ジェラール様の代わりに、私が魔物の討伐を請け負います。領地を回り、人と話して年の税収を考えるのもお手伝いいたします。王都へ行く際魔力酔いしそうな人間がいたら、私がジェラール様から溢れる魔力を吸って自分の身体強化にしてしまいましょう! だからジェラール様はもうなにも我慢しないで、やりたいことをやってください。ほら、私は大丈夫でしょう?」
「ッあ……」
そう言って、ジェラール様の手を握る。
ジェラール様から溢れ始めていた魔力を使い自分の身体強化に回す。
ジェラール様の手を握り潰さないように、強化するのはもちろん自分の鼻の筋肉。
血管を強化し、鼻血が出ないように耐える。
素晴らしい、なんという魔力。
鼻血が出る気がしない安定性!
「フォリシア嬢は、こんなこともできるのですか?」
「はい。元々私は魔力がそれほど多い体質ではないのですが、燃費が悪くて魔力操作を鍛えることで補っていたのです」
「あ……そういえば、常に身体強化魔法を使っている、と……」
「はい。いかなる奇襲にも対応できるように、という意味もあるのですが」
燃費が悪いというか、父上に「お前は敵を倒す時一気に魔力を使って強化してしまうから、もう少し、こう……小分けにして調整する方法をだな……」と青い顔で注意されたのだ。
なんかワイバーンの首を落とすだけのつもりが、地面まで叩き斬ってしまって剣は折れるし剣柄はひしゃげるしで、強化しすぎとのことだ。
しかも、一度一気に魔力を使ってしまうから連戦になった時に魔力がすっからかんで役立たずになってしまう。
それだと一人で戦う時に困るだろう、と。
騎士団は個人戦ではなく基本団体戦で、連戦のことが多い。
高貴な方を襲う者も数が多い場合があるし、私の全力を一気に開放したら暗殺者の依頼先もわからなくなる。……跡形も残らないから。
騎士としてあまりのデストロイなので、父上も「小出しに! 小出しにしなさい!」って言っているので、いつもは小出しにしている。
まあ、小出しでもボア五頭くらい簡単に倒せるので困っていないけれど。
多分父の言っていることはこういうことなのだろうと思う。
この程度でも十分、ということだ。
「――そうか……僕の魔力には、こんな使い方もあるのですね……」
「はい。もし私の魔力で足りないような魔物が現れたら、ジェラール様の魔力をお借りして一撃で倒してみせますよ!」
「僕も、魔物討伐に参加できる、ということですか?」
「そうです! 攻撃魔法を使えなくても、剣の扱いが苦手でも、ジェラール様から溢れた魔力はもう自然魔力と同じように他者でも扱えますからね」
そう言って手を離す。
めちゃくちゃ名残惜しいけれど、ルビがいつの間にか後ろにいたので。
もう母上にチクられることはないと思うが、なぜか手鏡を握っている。
ト、トラウマになってるんだ、自分の豚顔が……。
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