目を開けたら、そこは牢屋でした〜敵国王子の攻略法〜

こたつムリ

プロローグ アスティカンの兵器

痛い。苦しい。寒い。逃げたい。


そんな言葉ばかりが頭をよぎっていた。


「おい、目を開けろ。」


何者かに呼ばれる声と、傷口に落ちてくる雨水で私は気が付いた。


「…うっ…こ、ここは?」


目を開けると、そこは薄暗い牢屋のようだった。

柵越しに銀髪の髪に青く澄んだ瞳をした男の人がいた。服装からしてどこかの貴族だろうか。その奥には別の檻が見える。その中にはもう、人は居ないようだが。

いや、それ以前に生臭い…覚えのある臭いが漂っている。

私はやっと今の現状に気がついた。

手足を動かそうとすると、鎖のようなものが擦れて激痛がした。


「っ!!うっ…」


痛い。痛いよ。

なんで?私はどこにいるの?どうしてこんな…


「安心しろ。今、解放してやる。」


混乱している私に男は優しい声色で話しかける。


誰?


男の人が私の手足の鎖に手をかざす。それと同時に光が私を包み込む。


魔法…?


「誰…ですか?」


男は黙って私の顔に手をかざす。


「今は、お眠り。」


そして、私は目を閉じた。


ーーーーー


西のアスティカン王国と東のエリストリア王国の争いが激しくなっている現代。私はアスティカン王国の兵器のひとつだった。


「はぁはぁ…っ!隊長!!今…エリストリアの騎馬隊が攻め上がって来ています!!このままでは…!」


私たち1番隊は全部隊の中でも有数の才能ある者が集結させられた部隊だ。しかし、この戦いでその半数以上は殺されたか自らその道を選んだか…もう、残っているものは少なかった。

この状況…私たちは確実に殺される。たとえ、生きて帰ったとしてもだ。息が上がる。傷口も広がるのが実感して分かる。

もう、私たちに残された時間はない。


「隊長今すぐ私たちに命令を!!」

「…」

「…隊長?」


背中越しの隊長から返答がない。このままでは隊長もタダでは済まない。


「た、隊長?早く…早くしないと」

「無理だッッ!!」


隊長の絶叫に私の言葉が遮られ、肩がビクリと上がる。そのまま隊長は拳を握りしめながら言葉を続けた。拳からは血が垂れていた。


「もう、耐えられない…っ!俺は何人殺した?何人を見殺しにしたッッ!!」


泣きながら絞め殺すような声で喋る。こんな隊長は今までに見たことがない。それほど追い詰められているんだ。

隊長はずっとこの1番隊で、最前線で戦場を駆け抜けていた。殺した人の人数も数えられないほどに。

しかし、エリストリアとの戦いは激しくなる一方。きっとこの先もこんな残酷な戦いは続く。

考えるだけでも恐ろしかった。

いつ死ぬのか分からない。今日、今かもしれない。

それでもそんな恐怖と私たち兵器は戦っている。

この世界で私たちに残されたのは戦うという使命だけだからだ。

隊長の背中は僅かに震えていた。私は覚悟を決め、隊長の背中越しに膝まづく。今の私がすべきことは…


「隊長。顔を上げてください。」


隊長が振り向くと、顔は涙でぐしゃぐしゃに酷くなっていた。

今の隊長を見て、思い出した。初めて隊長に叱られた時のことを。


「…言いましたよね、私。」


声が震える。だが、この言葉に後悔はない。だって誓ったから。


「この命に変えても私は隊長を…この国を守り抜くと。」

「…エリカ。」

「だから私、頑張ります。この命尽きるまで。あなたの傍で…戦いますッ!!」


最後の言葉を震える声で喉から絞り出した。

本当は怖い。とても。

でも、もう…これ以上傷ついて欲しくない。隊長には。

私は心の中の弱音を捨て、拠点のテントから1歩踏み出した。


「エ、エリカ…!待っ」


必死に引き留めようとする隊長に背を向け、私は


「私はッ!!最期まで戦いますよ…隊長。」


絶叫に近い声で言葉を放った。背中越しに隊長と私の間にしばらくの沈黙が流れた。周りの団員もそれを黙って見つめている。

もういい。この命などどうにでもなれ。私は、私のためにこの命を捨てる。だから、


「だから隊長。ありがとうございます。私を見つけてくれて。」


私は後ろをゆっくり振り返った。この隊長の目を私は知っている。昔、私がひとりで戦場に突っ込んだ時に助けてもらった時の目だ。心配のあまり怒りを表す様な目。こんな隊長だから私は、


「ーーーーー。」


私はゆっくり息を吐いて言葉を放った。呪いの言葉を。

この言葉は最初で最後の言葉になるだろう。


「エリカ…!!ダメだッ!行くなッ!」


隊長が必死に私を引き留めようとするのが背中越しの声から分かる。でも、もう…


「遅いよ。隊長。」


私はそう答えた。この戦場では考えられないほどとびっきりの笑顔で。


そうして私は戦場を駆け抜けた。その後のことはよく覚えていない。ただ、悲鳴と共に目の前に赤い水溜まりが広がっていた気がする。そして、青く澄んだ目をした男の人が私に剣を向けていた…気がする。


ーーーーー


「…っ!…はぁはぁ」


夢から目を覚ます。目から1滴の残った涙が流れてきた。


「…また、あの夢。」


冷や汗で濡れた前髪をかき上げる。

隊長のあの眼差しを思い出すだけで息が上手くできなくなる。夢だと分かっていても怖い。


…私は本当に敵国、エリストリアに来てしまったのだ。

周りを見渡す。薄暗い牢屋の中灯りもない部屋で私は恐らく1週間を過ぎようとしていた。

私はあの後必死に足掻いた挙句、敵国の何者かに捕まり、この牢屋に連れていかれた。

そう、無様にやられてしまったのだ。情けない。


(すみません。隊長。私はあなたの為にこの命をかけると誓ったのに。)


そう思いながら、私は床に寝転んだ。

後は順番に私の番が来るのを待つのみ…か。

目の前の檻の中を見る。あの檻の中には何人かの人がいれられていた。しかし、何者かに連れていかれ、その後は帰ってくる訳もなく生存不明。

あの人達も私と同じ敵国に連れて行かれた人なのかもしれない。

はぁとため息をつく。

本当にこの国も変わらないな。

どこの国も周りの国を敵だと言わんばかりに戦い、傷つき、そして大切な人を殺し合う…。

雨漏りをしている薄暗い天井を仰ぐ。

この牢屋に入ったあと、何者かと話した記憶があるような…気がする。そう、気がするだけだ。実際に思い出すことは出来ない。そりゃ、あの状態じゃなにも考えられないかもだけど。願うことなら、


「また、会えたらいいな…。」


まぁ、気がするだけだが。

とにかく、今はこの時間を楽しもう。今まで戦いばっかりだったのだから。どういう状況であれ、やっとあの兵器という呪縛から解放されたのだ。

どうせこの後殺されるのなら、今を満喫しよう。

それしかこの縛られた世界では思い浮かばなかった。


「おい。」


牢屋スローライフを楽しんでいた私に怒りを表すような声が聞こえた。

檻の柵をドンドンと強く叩かれる。


どうやら私の番が来たらしい。短い間だったが楽しい牢屋生活だった。

少し残念そうに私が立ち上がろうとした、その時。


「おい、この女、チェックリストにいたか?」


…え?どういうこと?チェックリスト?


大柄な男性達がぞろぞろと私の牢屋に近づいてくる。さすがの私も後ずさりしてしまう。


「な、なにか?」


男達は私をじっと見つめてから、ひとつ問うた。


「お前はどこの国からきた?」


…は、ハハ。

こんな簡単な質問あるだろうか。この敵国で残された私に答えはひとつしかないのに。

私はこの状況では考えられないほど素敵な笑顔で答えた。


「エリストリア王国の国民です。」


どうにでもなれ。どうせ死ぬなら、最期までこの国と戦ってやる。


次こそは兵器としてではなく、1人の国民として生きていこうと思った。


しかし、この考えが甘かったことに気づくのはすぐの話だ。





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