何気ない朝の思い付き

コトノハザマ

第1話

 窓越しに見上げる松葉の向こうに、青空が広がっている。手前の楓の葉は変色し落葉が進んで、秋の深まりを感じさせた。


 朝方の冷え込みは、やがて零度に届くかと言うあたりで、猫が布団の中に潜り込むのもむべなるかなと言う思いである。

 近頃はその寒さのために朝夕の散歩も怠りがちで、締まりのない頬をさすりながら髀肉の嘆を気取っている。


 このままでは本格的な冬を前にして、ますます出不精が加速すると思い、久々に靴に足を通すこととした。

 さて、久々の外である。肌に触れる空気は冷たいが、まだ高くない太陽から斜めに差し込む日差しが暖かく、さほど寒さを感じない。陽の光に温められた体とともに気分も高揚してきて、散歩へと踏み出す足に弾みがつく。


 あたりは静かで、時たま風に揺られて葉擦れが聞こえる程度だ。


 このあたりの別荘は今は遠く過ぎ去りし景気の良い頃に建てられたもので、しかも夏用の作りのものだから、冬場に残っている住人はごくわずかである。


 私は静けさと言う贅沢を味わいながら、しばらく目にしていなかった道脇の木々を眺めた。里山を開発しただけあって樹種は豊富である。針葉樹は赤松や樅くらいのもので、後は栗や楓、楢の木などのしっかりした広葉樹の木々に加え、タラノキやコシアブラなど春が楽しみな細木も多い。


 歩く道路は舗装されてはいるが、アスファルトの黒色はすでに長年の使用によってくすみ、しかも今の時期は落ち葉が吹き溜まりとなってそこかしこを覆い隠している。

 吹き溜まりを歩けば、乾いた落ち葉がかさかさと軽やかな音を出して、子供の頃を思い出させてくれた。

 なぜあの頃は水たまりに張った氷の上やあぜ道、枯葉の上を歩くことがあんなにも楽しかったのだろうか。今の歳を経た頭で考えてもその当時の純粋な気持ちは正確には思い出せないだろうが、きっと刺激が純粋に楽しかったのだろう。


 歳を経ると言う事は、様々な体験を通じて経験を重ねることだが、だんだんと刺激にもなれ、感情も摩耗していくのかもしれない。歳をとると涙もろくなると言う話があるが、これなどは還暦の言葉が示す通りかえって子供に近づいているからではなかろうか。


 由無し事を考えながらゆっくり歩いていると、足に心地よい疲労を感じた。以前であれば何の事は無い距離である。目に見えずともやはり筋肉の衰えと言うものはあるのだということが、はっきりと感じられてなんだかおかしかった。


 視界が開けて、里山の裾野に広がる集落がよく見えた。集落といってもそれなりの街である。

 普段あそこまで行くとなれば車を使うが、ふと歩いて行ってみたらどうだろうかという思いが頭をもたげた。久々の軽めの運動が、精神のほうにまで作用したらしい。


 しばらく考えて首を振り、自分の馬鹿な思い付きを払う。


 ほんの15分ほど歩いた程度で疲れている自分が、車で20分ほどかかる場所へ行くのにどれだけの時間がかかるか。そもそもたどり着けるかすら怪しいものだ。

 身の丈に合わないことをしても後で後悔することになるだろう事は、今までの経験でよくわかっている。


 だが、家を出てちょっとした遠出をするというのは、なかなか良いアイデアのように感じられた。たかだかこれだけの散歩でこんな気分になるのだから、車であっても遠出する事は、良い気晴らしになるのではないか。


 さて、そうなれば近場の史跡などを調べてみようか。できれば山手の景色の良い場所が良い。

 私は自分の思いつきを実行に移すべく、散歩を折り返すことにした。


 足の疲れは、もう感じなかった。

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